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その4:茹で湯、どんな色?

(※タイトルや本文と写真のラーメン店とは一切関係ありません)

いきなり「お湯」について語るワケ

前回の記事までで自己紹介的なところは済ませましたので、今回から本腰を入れて「偏愛ラーメン学」を展開していこうと思います。その初っ端として選んだ題材は、ズバリ「茹で湯」。そう、麺を茹でる「お湯」です。

ラーメンどころか全ジャンルの料理を見渡しても、メイン食材や食器と比べると、思いっきりサポート役にしか見えない「お湯」に言及する文章は稀でしょう。でも、重要なので初っ端に選びました。

もちろん内容は地味なものですし、店舗設計の都合により本記事の内容が全く役に立たないケースもあります。ただ、誰にでもすぐ使える内容ですし、実際にお役立て頂くための即効性も非常に高いので、ぜひ最後までお付き合いください。

お店選びで知っておいて頂きたいこと

今や美味しい「であろう」ラーメン店を探すのは、造作もない作業ですよね。SNSで話題の店、口コミサイトのランキング上位店、グルメガイドブックの掲載店などなど、どんな店に心を惹かれるかは、それこそ人それぞれでしょう。

しかしその後、「この店に通い続けたい!」という判断基準として、ぜひ知っておいて頂きたいのが、茹で湯が濁ったまま麺を茹でている店には注意しよう、という点です。

これは「見た目が悪い」「不衛生である」という視覚から入る嫌悪感の問題ではなく、科学的に見て「麺が美味しく仕上がらない」という問題です。逆を言えば、茹で湯が澄んだ状態を保って店を回している店は、麺を美味しく仕上げることを意識している店です。

古い茹で湯は不純物の宝庫

「古い」と大げさな表現をしましたが、開店直後の真新しい茹で湯を「新しい」、開店から1時間ほど経過して何十玉もの麺を茹でた後の茹で湯を「古い」と呼ぶことにします。

麺を次々と茹でる度に、茹で湯には麺から様々な物が流れ出ます。麺同士がくっつかないために麺にまぶしてある打ち粉(ばれいしょデンプンやコーンスターチが主流)、グルテン中の水溶性タンパク質であるアルブミン、麺の着色に使われるクチナシ色素などなど。

古い茹で湯には、これらの物質が混じったり、完全に溶けたりしています。そのため、無色透明のはずの湯が、どんどんと透明度を失い、「色が濃い」湯になってしまっているというわけです。

茹で湯はどんどんアルカリ性に傾いていく

中でも当記事では、うどんやパスタには入っていない「かん水」に着目して進めていきます。消費者庁が定める公正競争規約において中華麺は、

この規約で「中華めん」とは、小麦粉にかんすい(唐あくを含む。)を加えて練り合わせた後製めんしたもの又は製めんした後加工したものをいう。

と定義されている通り、かん水(かんすい)が入っています。青森県の一部などで無かん水麺を使用しているラーメン店もあるにはありますが、大多数の中華麺はかん水が入っています。

構成する成分は製造メーカーによって様々ですが、基本的にかん水はアルカリ性の食品添加物です。私自身たまに自宅で中華麺を作るので、粉末かん水を常備してあるのですが、その成分表を以下に書き起こします。

・炭酸カリウム(無水)47.0%
・炭酸ナトリウム(結晶)31.0%
・炭酸ナトリウム(無水)16.0%
・ピロリン酸ナトリウム 2.0%
・トリポリリン酸ナトリウム 2.0%
・ヘキサメタリン酸ナトリウム 2.0%

改めて読んでみると後半2行は早口言葉のような名称ですが、最終行の「ヘキサメタリン酸ナトリウム」のみが酸性であるのに対し、他5つは全てアルカリ性です。かん水以外にも、ちゃんぽん用の麺に使用される唐灰汁(先述の公正競争規約にあった「唐あく」です)もアルカリ性、沖縄そばの麺に使用される木灰もアルカリ性です。

小麦粉で麺を作るにあたってアルカリ性の水溶液が及ぼす影響については、当記事の主題から大幅に逸れるので割愛します。ただ、端的に述べるとかん水が中華麺独特の強いコシを生むと言われています。同じ小麦麺でも、うどんやパスタ(生パスタを含む)と食感が全く異なることを考えると、感覚的にご理解いただけると思います。

茹で湯には弱酸性がベスト

中華麺をはじめとする小麦粉麺が持つ特有のモチモチ感、これを司っているのが小麦粉の単位体積あたりの90%を占めるデンプンです。そして麺を茹でることにより起こるデンプンの糊化(こか)こそが、麺を美味しくする重要な現象なのです。

デンプンが糊化する条件として、茹で湯のpH値(ペーハー)が5~6である弱酸性が理想とされています。その理由は、デンプン中のアミロースの溶け出しが最も少なく、同じくデンプン中のアミロペクチンの膨潤効率が最も高いためです。これにより、モチモチと弾力のある麺に仕上がります。

弱酸性に次いで弱アルカリ性近傍であるpH8~9.5前後、さらに次いで中性であるpH7前後という順に徐々に条件が悪くなり、溶出固形物の割合が高くなってきます。モチモチ感が弱くなるというイメージで結構です。

弱酸性から酸性へ、弱アルカリ性からアルカリ性へそれぞれ向かうと、溶出固形物の割合は一気に高くなり、ドロリとした締まりのない食感の麺になりやすくなってしまいます。飲料水の水質基準がpH5.8~8.6ですから、口にすることができる範囲を超えた時点でNG、と考えると理解がスムーズです。

麺茹で担当者の意識が丸見え

しかし、ラーメン店は営業中に麺を次から次へと茹でます。人気がある店などは、絶え間なく麺を茹でることになり、麺から流れ出る物質の中で最もpH値に影響を及ぼすかん水が茹で湯のpH値をどんどん上げていきます。

そのため、ラーメン店の厨房で、茹で釜や麺茹で機のお湯を何割か捨てて、新たに蛇口から水やお湯を足す光景を見かけたことがありませんか?あれは麺の茹で上がりを一定の品質に維持できるよう、茹で湯のpH値を調整しているのです。

私の実体験で、とある店ではオーダー直後の私に麺茹で担当者が「ちょっとお湯を換えますんで、少々お時間いただきます」と断りを入れてくれたケースや、同様の旨を個人にではなく客席全体に宣言するケースがありました。お湯の交換で時間がかかるのは致し方ないこと、これまでの内容をご覧頂ければ納得ですよね。

交換のタイミングは店によりますが、ここで一例を紹介します。神奈川県の人気店「らぁ麺 飯田商店」の店主・飯田将太さんによると、同店では1時間(実質30分程度)ごとに交換、しかもらぁ麺用とつけ麺用で茹で麺機を1台ずつ・計2台を使って営業しているとのことです。

先述した麺の仕上がり食感以外にも、アルカリ性に寄ったお湯で茹でると麺にアルカリ成分が強く出るため、らぁ麺が狙った味にならないという点にも配慮しているそうです。同店のような繊細な味わいを個性とする店には、気にしておきたい点と言えるでしょう。

ユーザーである私たちができること

麺の美味しさに茹で湯という要素が重要だということは分かったけど、具体的にどうすれば良いの?という問いが、この超長文を読み切った後に噴出することは予想済みです。では具体的に、私たちがラーメン店を選ぶにあたってできることを挙げてみましょう。

1.茹で湯をこまめに入れ換える店を覚えておく
2.開店1巡目(茹で湯が濁ってなくて当たり前)の入店を狙う
3.茹で湯が濁っていると分かった時点で店を出る

1が最も簡単ですよね。こういう店なら、いつどんな時間帯に訪れても問題ないと思います。

2は人気店だと朝早くから店に向かわないと1巡目が取れないので、朝に弱い人には向きません。(私は平気です)

3は、実際に過去3度ほど経験があります。小麦粉のフラボノイド色素か、はたまたクチナシ色素のせいか、いずれにせよ泥水のような色をした茹で湯が視界に入り、さすがに度を超えていると判断したためです。

ちなみに上記3つより更に効果があるのは、濁った茹で湯のまま営業を続けているラーメン店のスタッフに、この記事を見せることです。その場がどんな空気になるかまでは保証できませんが(笑)。


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