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その5:この麺は、一体どこから来たのか?

麺のクオリティ以前のハナシ

前回の記事では「茹で湯」について綴ってみましたが、今回はそこに投入する、ラーメンの主役の1つである「麺」です。麺の美味しさ云々ではなく、前回の記事と同じ目線で、お店選びに役立つ「麺」の見方という内容にしようと思います。

今回の内容も前回同様、一度はお店に足を運んでみないと使えない見分け方ですが、覚えて頂くとイヤな思いをする確率が格段に下がるはずですので、ぜひ最後までお付き合いください。

そのイヤな思いとは、臭い(くさい)麺に出会うことがありませんか?という話です。初めて訪れる店で出会うこともあれば、過去に何度か食べに行った際は気にならなかったのに今回のはなぜか臭い、ということも。この点に着目して、臭い麺に出会わない方法を考えましょう。

「香り」と「臭さ」は紙一重

前回綴った通り、うどんやパスタと違って中華麺には「かん水」が入っています。かん水には独特の匂いがあり、それこそが中華麺らしさの一端を担っています。実はこの匂いの正体は、皆さんも名称としてはよくご存知のアンモニアです。

不思議なことに、低濃度のアンモニアの匂いは中華麺らしい香りとして欠かせない存在なのに、高濃度になると途端に不快な刺激臭と感じるのです。つまり、臭い麺は最初から臭かったわけではなく、どこかの段階で「香り」から「臭さ」に変わってしまったと考えられます。

じゃあそんなリスクのあるモン入れんといてくれよ!と言いたくもなるところですが、かん水入りの水溶液で小麦粉を練っていくと、小麦タンパク質がグルテンになります。これが中華麺特有の強いコシに直結するので、かん水なしというのは考え難いのです。

この時、小麦タンパク質のアミノ酸組成のうち30%以上を占めるグルタミンが脱アミドという反応を起こしグルタミン酸になり、グルテンが硬くなるきっかけを作るわけですが、この脱アミドは同時にアンモニアを放出するのです。

いつ臭くなっているのか?を訊いてみた

前章の通り、かん水が入った中華麺がアンモニアを有していることは様々な文献を通して理解していました。ただ、一体いつ「香り」から「臭さ」になるのか、またその原因は何なのかが分かりませんでした。

臭い中華麺に出会う傾向から概ね予想はついていたので、厳密に言えば分からないのではなくエビデンスが取れていないという状態です。そこで、私の呑み仲間である「粉の丸ちゃん」こと丸山健太さんにこのことを訊いてみました。

丸山さんは以前、小麦粉専門の卸問屋に勤めており、ミシュランスターとなった店をはじめ関東エリアで数多くのラーメン店に小麦粉を卸すのはもちろん、提案やアドバイスもしていた実績を持つ人物です。現在はフリーランスの製麺アドバイザーとして、さらに活躍の場を広げています。

原因は保管状態と麺の内部との2つにあった

丸山さん曰く、まず第一にアルコールの揮発による脱水作用によりアンモニア濃度が高くなるそうです。手指消毒をすることでアルコールで塗れた手が、自然と乾いていくことからイメージしやすいと思います。

製麺所の麺の多くには酒精(アルコール)が保存料として使用されています。自分で使う分だけ作れば良い自家製麺のお店ならともかく、製麺所の麺を使うお店は毎日必要な分だけの麺を仕入れて、その日のうちに使い切る(=売り切る)のは難しいものです。そんな背景から、保存料がどうしても必要なのです。

第二に、店舗での常温保存による麺の水分蒸発によってアンモニア濃度が高くなるとのことでした。水がどんな温度でも蒸発が起きていることは学校で習いましたが、仮に湿度が一定とすると室温が高い方が水分蒸発量は多くなります。冷蔵庫の中と室温、当然ながら水分の蒸発量は異なります。

丸山さんの話をまとめると、第一の保存料としてのアルコールによるもの、第二の麺を常温保存していることからくるもの、この2点によってアンモニア濃度が高くなり、「香り」が「臭さ」になることが分かりました。先述の理由からアルコールの存在は仕方ないにしても、麺を保管する温度と聞いてようやくピンと来ました。

この麺は、一体どこから来たのか?

製麺所の麺を使うお店でも、麺の保管方法は様々です。麺3~4玉が個別包装された袋を少しずつバックヤードから厨房に持ってきて使うお店、一定数の麺箱を厨房内に置いて使っていき少なくなったら補充するお店、昼営業3時間ならその時間内に使い切ると想定される分の麺箱を平積みして使うお店。

これまで何千杯ものラーメンを食べてきた経験から導き出したのは、前段落の末尾に記した、厨房内平積みのお店で臭い麺に出会う確率が高いということです。前出した丸山さんの言う、常温保存以上に厳しい環境に麺がさらされていることになります。

確かに使うお店からすれば、どうせ数十分~数時間後には使う麺なのだから、ずっと茹でる場所の近くに置いておきたいという心理になるでしょう。しかし、我々がいる客席と厨房との温度差は想像以上で、夏場などは50℃以上になる厨房も珍しくありません。

当然、麺から水分はどんどん抜けていくので、麺全体に対するアンモニアの割合が高くなってしまい、「香り」から「臭さ」に変わってしまうわけです。今回のタイトル「どこから来たのか?」の答えとして、高温環境に平積みされている麺箱にあった麺は、臭い可能性が非常に高いという点を伝えたかったのです。

お店の努力で「臭さ」は回避できる

ここまでの流れで、保存料が入った麺イコール悪、製麺所の麺を使うお店イコール悪といった印象を受ける方がいるかも知れませんが、それは違います。高温下で長時間保管することが「臭さ」に繋がりやすいという点のみを覚えて頂き、お店選びに役立てて欲しいというのが私の狙いです。

事実、製麺所の麺を使っていても、厨房ではなくバックヤードなどの常温以下の室温で保管しているお店、冷蔵庫から個別包装1~2袋単位で出してくるお店などもあり、麺との向かい方は作り手の麺への理解度に比例します。

また、保存料を使っていない自家製麺のお店では、一度に茹でる分だけを常に冷蔵庫に取りに行く店も少なくありません。客席から「毎度毎度、大変だなぁ」と思いながら眺めていますが、美味しくて香りも良い麺が出てくるに違いないという期待にも直結します。

そもそも、「香り」や「臭さ」以前に、保管方法や保管状態によって変わってくる熟成度合いも、麺の美味しさに関わる重要な要素の1つです。製麺の出来や厨房での調理を含む所作が語られることは多いですが、麺の保管に対する姿勢に真摯なお店も、ぜひ評価して頂きたいです。

(※タイトルや本文と写真のラーメン店とは一切関係ありません)

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