【小説】僕には自信が無い ①
「30万!?何にそんなに使ったんですか!?」
居酒屋の一角からの声に、一瞬の注目が集まった。
「声がでけえよ。こないだのマッチングアプリで出会った女にだよ。」
「どうやったって30万は桁がおかしいでしょ。」
「知らないだろうがホテルミラコスタのハーバービューは、そんぐらいすんの!」
「どこすか、それ?」
後輩…コウの質問に、やれやれという表情と共に頭をかかえる。
「ディズニーシーのホテルだよ、いったことないのか?」
「遊んで帰って寝るところに、そんな金払いたくないっす、レスポール何本買えると思ってるんですか?そこを全奢り?いやぁ、やりすぎだっ!」
人によっては牛丼何杯分、飲み会何回分…お金の物差しは本当に人によってまちまちだ。彼にとっては、ギターのレスポールというモデルらしい。いくらするのか知らないが、30万円あって買えても数本ということは3万~10万ぐらいだろうか?
俺は、先週マッチングアプリで出会った女性とディズニーリゾートに遊びに行き、計画を立てている段階で、急に1泊。しかもちょうどミラコスタの最高の一部屋が空いたので、即予約した。
もちろんサプライズのつもり。今日は帰ってきて土産とその女性について相談のために彼を呼び出した。
「で?その夜は?なにか?」
「なんにも!!!」
・・・・・・・
口をぽかーんと開け、間抜けな顔をしている後輩。
それをビールジョッキごしに見て固まる自分。
一瞬の沈黙。
「なにしてんすか…。」
呆れる後輩。はぁ…わかってるよ。俺は自信がない。いや、無いわけじゃない。
一緒にいる人を楽しませたい。そうして喜ぶ顔を見るのが俺の楽しみなんだ。そのためならば出費は厭わない。
だから、ここぞというこの瞬間、ディズニー好きにとって、一番泊まりたいホテルの最高の部屋に空きが出たのだ。それに金を使わずいつ使う?というのがその時の感情だった。
「なにもしなかった。でも全奢り、何もない安全なパパ活?しかも相手年上。その女どこ行ったんです?」
「連絡が取れない。」
言いたくないよ、でも本当なんだから
「そいつ見つけ出して八つ裂きにしますか?」
できるもんならしているよ
「まぁ俺が勝手にしたことだから」
俺はイケメンじゃない。だから最高のもてなしをしなきゃいけない。
こうするのが正解だと思ってるし、こうするしかない。
「どうしてそうやって自分の価値を下げるんですか?」
こうなると俺の分も酒を飲み酔っぱらうこいつは、どうもズバッと核心を突いてくる。痛いね。とても。それは内角球じゃない。デッドボールだ。
「まぁね。」
それ以外に言うことはできない。だって、今回に限ってはさすがの俺も凹んだからだ。
彼女に会うのは2回目。以前マッチングアプリで知り合って、何度かやりとりをして、一度会った。その後、俺には彼女ができたので、それで一旦連絡をとらなくなった。
だが、すごく可愛かった。
ちょうど、彼女にフラれたタイミングで偶然「元気?」と来られたら、こちらとしては食いつかないわけにはいかない。互いにディズニーが大好きで、ディズニーオタクとして語れるほど、知識も、そして価値観も、バッチリだと思った相手だった。
「翔さん、次はやりすぎ禁物ですからね!」
コウは、いつも俺にくぎを刺す。俺にはまだ理解ができないことがあって、彼のいう「やりすぎ」がわからない。
だって、好意のある異性に対して、全力で楽しませようとすることのなにがいけないのか、そして、出かけるときの費用は男持ち、あるいは少し多く出すというのが流儀というものではないのだろうか?
常に100%でもてなしたいと思ってやっているのに、なぜかうまくいかないケースが多かった。
一方で、目の前にいるコウという男は、割り勘なんて当たり前だし、不器用で到底かっこつけるような真似はお世辞にも得意といえるような人間ではない。なのになぜかある一定の支持を受ける。紆余曲折ありながらも比較的うまくいっているように見えた。
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