「サスティナブルの実践は闘争」なのかもしれない。
猫も杓子もSDGs
今やあらゆる商品やサービスの枕詞になった「サスティナブル」
「サスティナブルを語らざるは人にあらず」と言わんばかりだ。
「竹の、箸だけ」を作るヤマチクにも、たくさんのお問い合わせを頂いている。
製造背景に関心を持ってくださるお客様も増え、本当にありがたい。
その一方で、「ん?」というお問い合わせも少なくない。
正直辟易としている。
それでも丁寧に、「なぜこの値段なのか」「どういう作り方をしているか」など、製造背景をしっかり伝える。
メールを書きながら、ある言葉がふと頭に浮かんできた。
これもまた「闘争」かもしれない。
母校である立命館大学の総長だった末川 博 の名言。
学部棟に名言碑があったので、妙に印象に残っていた。
(今でもあるのだろうか?)
「法」を「サスティナブル」に変換しても、成立するような気がした。
妙にしっくりしした。
今のこのメールもまた、「闘争」なのかもしれない。
「一番大切なもの」が抜け落ちたサスティナブル案件
生長の早い竹。現在サスティナブルな資源として世界から注目されている。
以前、切子さん(お箸の材料である竹切る職人さん)を手伝ったことがある。
大きな竹を切り、山から運び出すのは本当に重労働だ。
「大変な仕事ですね」そういう私にこの切子さんはこういった。
「世の中が回るためには、損する人も必要やけん」
本当にショックだった。
自分たちの仕事は彼らの我慢の上に成り立っていた。
「竹はサスティナブル」
でも、そこに関わる人達も営みは全然サスティナブルじゃない。
一般的にヤマチクにくる「サスティナブル」案件のほとんどは、
「資源が枯渇しない」「安定供給できる」「放置竹林が社会問題」という、
材料視点ばかり。
もちろん大事なことだし、間違ってはいない。
でも、その竹も人が切っているのだ。
「ファンタジア」のほうきのように、竹が自分で歩いてきてくれたらどんなに楽だろう。
一番大切なのは「関わる人達の営み」が続くかどうか。
そのためのお取り組み条件にしなければならない。
そんなことを、根気強くメールにしたためている。
今回はちゃんとご理解いただけるだろうか。
いや、弱気になってわいけない。
「サスティナブルなお箸作り」の実現のために。
これが私の仕事であり、使命なのだから。
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