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02. トラブルトラベル in アメリカ / DATSUN Overturned

アメリカの旅を始めて約1ヶ月が経過した3月中旬、
ワタシはニューメキシコ州の北部にいた。

ジョージア・オキーフが生前住んでいた家を見にゴーストランチを訪れたり、
500年程前のインディアンが岩に掘った絵を探しに行ったりと充実した旅を続けていた。


「その日」は朝6時まえに目覚めた。
...というより寝るのをあきらめたという感じだった。

前日、どうしても宿を見つけられなかったワタシは、
キャンプ場に車を停めると、初めて車の中で一夜を明かした。
山の冷え込みは予想以上にキツく、以前出会った旅行者からもらった布団にくるまってみたものの、寒くていつまでも寝付けない。そこでエンジンをかけヒーターを全開にする。しかし今度はエンジン音が気になって眠れない。しかたなくエンジンを切る。車内が冷え込んでくる。そしてまたエンジンを....、
そんな繰り返しで朝になってしまったのだった。

睡眠不足でボーっとしたままキャンプ場を後にした。
今日はコロラド州にあるメサ・ベルデを目指そう。
メサ・ベルデというのは昔インディアンの居留地だったところで、
今は国立公園になっている。

9時過ぎ、Farmingtonという町からハイウェイ170に入る。
ハイウェイといってもアメリカの田舎のそれはガードレールもない、
ただアスファルトを敷いてあるってだけの片側一車線の道だ。
そして、30分も走ると車とすれ違うこともあまりなくなっていた...。

青い空、白い雲。
昨夜の寒さがウソのようにポカポカとあたたかく気持ちがよかった。
右手には遠くまで草原が広がり、牛が何十頭も放牧されている。
左手には禿げ山のような丘、道はその丘を周り込むように緩やかにカーブを描いている。アメリカの田舎によくある見慣れた風景だ。

時速約90キロ、快適なドライブ。
いつものようにタバコを吸おうと口にくわえる。
そしてライターを取ろうと助手席に視線を落とした時だった。

突然、ガガガガガッという音と振動が座席の下から響いてきた。

えっ!? と、顔をあげると、
車はアスファルトの道を逸れ、砂利道の上を走っている。
慌てて口からタバコを取り、放り投げ、ハンドルを切る。
車はセンターラインに向かって斜めに走行。
すると前方から対向車!!

慌ててまた反対にハンドルを切る。
車は蛇行し、全くコントロールできない。
思い切りブレーキを踏む。
止まらない。
車体は弧を描いて反転。
目の前の風景が全て横に流れていく。

次の瞬間、車内のあらゆるものが宙を舞った。
地図のページが取れて目の前を横切り、マクドナルドのゴミが跳ね、
タバコやライター、サングラスがフロントガラスでバウンドし、
足元の砂利がザァーッと降ってきた。

車は道の脇に生えているブッシュをなぎ倒し、有刺鉄線の柵をぶち破り
後ろを向きつつ、天地逆さに一回転半し、窪みにはまって止まった。
運転席側を下にした横倒しの格好で...。

アッという間の出来事だった。

横倒しの状態でハンドルを握りしめたまま、数秒呆然としていたが
我に返ったワタシは、車が爆発炎上でもしたら大変だと(映画の観すぎ?)
焦って外に出ようとした。しかしなんと車のドアとは重たいものなんだろう。
一生懸命、中から押し上げようとするがなかなか持ち上がらない。

何度かトライしてなんとかドアを押し上げ、這い出ると足早に車から離れた。

そういえば...と、自分の体をあちこちペタペタ触って、調べてみた。
体はどこも怪我をしていない。なんと、かすり傷1つなかった。
時速55マイル(約90キロ)で走って横転、しかもシートベルトもしてなかったのに、.....無傷。

なんて運がいいんだ。しかし....。

対向車だった車から老夫婦が降りて駆け寄ってくる。
Are you alright?
Yes,I'm alright.
You are lucky.
...Yes...
ホッとしながらも、足はガクガク震えていた。


道路には砂利が散乱し、黒く長い2本のラインが鮮やかに描かれていた。
そしてその2本線は砂利道を削り取りながら、有刺鉄線の向こう側の
日産のダットサンへと続いている。

老夫婦はワタシのことを気づかって、
しばらく座って休んでいたらどうかと自分たちの車に招いてくれた。
2、3分座っていたが、落ち着かない。
車の中のカメラやビデオカメラが気になって、外へ出る。

なぎ倒されたブッシュや有刺鉄線をまたぎ、
横倒し状態の車のドアの上に立って中を覗くと、車内はまるでゴミ箱をひっくり返したようだった。
助手席のドアを引き上げるように開けると、座席の背もたれに足を掛け車内へ入る。

カメラは運転席の足元にあった。
前部座席中央の物入れのフタが壊れ、外れている。
助手席の足元に置いていたジュースは運転席の下から出てきた。
CDプレイヤーのフタは開き、中に入っていたCDは傷つき転がっている。
旅の途中で採集してタッパーに入れていた様々な植物の実や枝などがあちこちに散乱している。
なかなか見つからなかったビデオカメラは後ろに積んでいた布団のかげから出てきた。

動作確認をしてカメラとビデオに問題がないことが判ると
横転してから10分も経っていないというのに、ワタシは事故現場の写真やビデオを撮り始めていた。
まずは道路につけた2本線の画、そしてその線を辿っていくと車が横たわってる。
あぁ、イイ画だ。そして壊れた各部位のクローズアップを押さえて...。
晴れ渡る青い空、横転した車なめの牛たち、うん。
のどかな風景と事故のギャップがなんともイイぞ。
不思議なくらい客観的に、構成まで考えている。(苦笑)

時々、野次馬が車を停めて見にくる。

「誰か怪我したか?こんな事故見たの久しぶりだな。」
「おまえがやったのか。」
「なんだ、おまえビデオ撮ってんの?」
笑ってごまかしつつビデオ撮影を続けていると、パトカーが到着した。

老夫婦が通りかかったFedex(宅配便)のトラックを止めて事情を話し、
無線を使ってポリスを呼んでくれていたのだった。

パトカーから降りてきた警官は50代くらいのかっぷくのいい
180センチくらいの大男。まさに「アメリカの警官」って感じ。
黒いサングラスの奥の鋭い目、太く低く響く声、憮然とした態度、
...やばいマジで怖えぇ。

どうしよう、問題はあの車。名義変更していないし、保険にも入っていない。
だからこそ安全運転で警察の厄介にだけはならないようにって思ってたのに。
中でも最も避けたい事をやっちゃったんだもんな。
法的には自分の車ではない。そしてそれがバレずに済む...わけがない。
もし盗難車なのかと疑われたら....。
いったいどうやってわかってもらったらいいんだ?オレの拙い英語で...。
...逮捕か?逮捕されちゃうのか?

老夫婦は警官にひと通り事情を説明すると、
Take careと言い残し去っていった。
事故ってから約30分も、ワタシにつきあってくれていたのだ。
サンキュー老夫婦。

残されたワタシはと言えば、次第に大きくなっていく不安を抱え、
警官に怒られるかもと内心ビクビクしながらも、
ビデオカメラは手に下げたまま(さすがにファインダーは覗けない)
隠し撮りスタイルでビデオは回し続けていた。

警官はワタシに一言も声を掛けることなく、横転した車まで歩いていく、
ワタシは怖々後をついて行った。警官は窪みにハマっている車を確認すると
「これは君の車か、それともレンタカーか?」と訊ねてきた。
太くて威圧的な声、さらに訛りのせいもあり、聞き取りにくい。
「...., It's mine.」(確かにオレの車、ではあるんだけど..。)
「アメリカの住所はどこだ?」
「Not live, Only travel...」
「どこから来たんだ?どこに住んでいるんだ?」
「I'm Japanese, I live in Japanese....」
(リブ イン ジャパニーズて...。(苦笑))
緊張からそんなアホな間違いまでしてるワタシ
「オーケー」

そして警官はこの事故現場を図に描きはじめた。
そして棒の先に滑車のついた計測器をコロコロやって
事故現場の様々な距離を測って記入している。

だんだん自分のこの後の処置が心配になったワタシは思い切って訊ねた。
「刑務所に入れられるんですか?」
「刑務所?いや、刑務所には入れないよ。」
ちょっと、ホッとした。
「でも罰金...ですか?」
「とにかくこれからキップを切るから、待ってろ。」

「どのくらいのスピードを出していたんだ?」
ホントは55マイル/h(約90キロ)出していたが、制限速度40マイル/hの標識が目に入り、
「たぶん45マイル/h(約70キロ)くらい...。シートベルトもしていた。」と答えた。

しばらくしてレッカー車が到着した。
窪みにはまったワタシの車を引き上げるため、
男は斧を取り出すと車の周囲のブッシュを切り始める。

その後パトカーの助手席に乗せられると、さらに尋問は続いた。

「君の名前はどう発音するんだ?ヨースキー?or ヨースカ?」
「ヨース(ケ)!」
「免許証は持っているか?」
「国際免許を..。」

前方で車がつり上げられ、空中でゆらゆらと揺れている。

そしてその様子を、警官からみてたぶん死角になる位置、
右の脇の下あたりでビデオを支え、隠し撮っているワタシ。

「何が原因でコントロール出来なくなったんだ?」
「タバコを吸おうとして...。」
「保険はあるのか?」
「No...。」

やばい....、ワタシは非常に焦っていた。
もうすぐビデオカメラのバッテリーが切れちゃう....。(そっちか!)
いやいや、他人名義の車に乗っていることを
どう説明したらいいものか、についても心底困っていた。

しかし、正直に事実をありのまま話すしかないよな、と考え
「友達からこの車を買ったんだけど...」と、
話し出してみたものの英語力が足りず言葉に詰まる。

とりあえずジョン・バセットから渡された書類を見せると
警官はジョン・バセットを照合してくれ、と無線で連絡をしていた。

ここでちゃんと名前が照合されたからだろうか...。
ワタシは法的には他人の車に乗っていたにもかかわらず、
結局、車泥棒の汚名を着せられることはなかった。

さらに罰金を取られることもなく、
結果として支払ったのはレッカー移動代の175ドルのみ。

ワタシはパトカーに同乗し、車が運ばれた場所へ向かった。
移動先で改めて見たワタシの車は思った以上に損傷がひどかった。
ヘッドライトやテールランプは割れ、車体全体が斜めに歪み、
どのドアもボンネットやトランクもうまく開かなくなっていた。
特に左後部車輪の周囲の損傷がひどく、
ボディがタイヤに接触する程大きく凹んでいた。

いちおう修理を希望してみたが、他の中古車を買うほうが安いだろうと言われ、あきらめて、50ドルでジャンク屋に車を売ることになった。


それにしても1ヶ月足らずで1台の車をダメにしてしまった。
我ながらすごい記録である。


その後、警官はお腹が空いただろうと、ワタシをハンバーガー屋に連れて行ってくれた。

警官は見た目も声も態度も威圧的な上に、必要なこと以外何も話さない無口な男だったので、ワタシは終始緊張していた。

だが、実はとても優しい人だった。それはもう、アメージングという言葉では足りない。最上級すぎて逆にファックをつけちゃう感じ。そう、Fucking Amazing!だった。本当に感謝しかない。

警官は車を失って身動きのとれないワタシのために
その晩泊まるモーテルを探して送ってくれた。

そして、なんと次の朝、また迎えに来てくれて
新しい車を買う為に、いっしょに中古車センターを何軒もまわってくれたのだ。

パトカーに乗って警官といっしょに中古車を探す。
アメリカの国家権力が自分の為に動いてくれているのだ。(笑)
妙な気分だった。なんだか自分が偉くなったような気にさえなった。

アメリカの店員はお客に対して日本ほど優しくないし、丁寧でもない。
日本の接客態度に慣れていると、その横柄な態度に傷つくことも多い。
が、
この時の中古車屋はどこも皆、やけに親切だった。
さすが強いアメリカの国家権力がバックについていると違う。

そしていろいろな車を見た上で、
1台目の日産のダットサン1200ドルに続いてワタシが買ったのは
金色のリンカーンマーキュリー1000ドル。

リンカーン!! しかも金色、ゴールド!!!
でかいよ、ごついよ、アメ車だよ。自分自身とのギャップがありすぎ。
(逆にそれが面白いかなと思って決めた部分も多々あったわけだけど...。)

そんなリンカーンマーキュリーの座席はベンチシートになっていて、
とてもゆったりとしていた。
そしてハンドルには走行スピードをキープする
スピードロックボタンなんて優れものまでついている。

代金をカードで支払うと、次は登録。
住所を昨日泊まったモーテルにして
ナンバープレートを手に入れ、証明書をもらう。
(国際免許では結局、保険には入れなかったが...)

なにはともあれ、こうして
晴れて(法的にも)自分の車と言える車を手にしたワタシは
気持ちも新たにまた旅を続けたのだった。


日産の78年型ダットサン、乗車期間26日 走行距離7140km。......合掌。


   事故直後のダットサン         車なめの牛(晴天)


  揺れるダットサン      パトカーの中で尋問されながらの隠し撮り
ダッシュボードの向こうに絶妙なフレーミングで吊られているダットサン


 怖くて優しい警官ダニー・コックス    ダニーが描いた事故の調書


 見納めのダットサン     マイ ニュー カー リンカーン マーキュリー



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