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投資視点①|平均給与上がってますか?

はじめに

 銘柄選定の一つの着眼点として、「平均給与を上げてもなお、好業績をあげられる企業なのか」、または「収益水準を維持するためには、平均給与横ばいを維持しなければならない企業なのか」、といった見方や確認はアリなのではないか?といったお話です。

 昔、とある大手機関投資家に、「給与が上がっていない企業には積極的には投資しない」と言われたことがあります。以前は「なぜ給与水準を上げるんだ、コストが嵩むじゃないか」といった意見を持っていたものの、中長期目線の企業業績や組織力の強さを図る上では、むしろ給与を上げられる企業を選別すべきだと考え方を変えられたのだとか。今で言えばエンゲージメントを重視する、と言い換えてもいいのかもしれません。

 「人件費は固定費」、「単価上昇は人材獲得競争の激化が主因で業績悪化リスクとして見るべき」、といった固定観念を持っていた駆け出しアナリストの私は、「なるほど、そういった見方もあるのか」とハッとさせられたのを覚えています。

 財務モデルを整備して項目別に業績予想を作成していると、どうしても人件費をはじめとした固定費は横置きしたくなりますし、逆に目立って増えていれば「なぜこんなに増えているんだ」と感じてしまうことも多いです。

 ただ、そのように考えてしまう理由の一つには「数値を数値としてしか認識していない」ことがあるのではないか、と思うようにしています。経営者目線で言えば、従業員満足度を高め、より活性化された組織を構築するために、先んじてコストを投下するといった判断は十分あり得ますし、組織の持続性を図る上では重要論点と言えるでしょう。


創出キャッシュの資金使途としての従業員還元

 23/3期有報から人的資本開示が始まりますが、「人的コスト」でなく「人的資本」と表現する限りは、ただ数値を列挙したり、ありきたりな説明文言を連ねるのではなく、各社の事業内容やその推進のために必要な組織の在り方を踏まえた「経営意思」が伝わる開示を是非見たい、と個人的には考えています。

 今求められている人的資本開示とはやや趣が異なりますが、ロイヤルホスト・てんやといった外食やリッチモンドホテルを運営するロイヤルホールディングス(8179)の昔のIR開示が印象に残っています。

 株主価値を問う目線で見られるIR資料に、向上した収益は株主還元/お客様還元/従業員還元に均等に振り向ける(実際に均等では無いのでしょうが、同列に重視する)と示したスライドで、経営としての考え方が良くわかります。

【ロイヤルホールディングスの経営指針】

注:2017/12期決算と合わせ発表された当時の新中期経営計画の資料を参照しております。5ヵ年以上前の資料であることを予めお含みおきください。
出所:ロイヤルホールディングス決算説明会資料より転載

 創出キャッシュの資金使途として、①内部留保、②再投資、③株主還元の3パターンで整理されることが多いですが、ボトムラインにたどり着く前の④従業員還元や、⑤ESG/SDGs/TCFDの強化、といった観点も織り交ぜてコミュニケーションすべきなのでは無いか?と考えさせられる1枚でした。


人的コストの増加に対する投資家の反応

 とは言え、短期目線ではネガティブに捉えられるのでは?といった懸念をお持ちの投資家やIR担当者がいらっしゃるかと思いますが、それはIRの見せ方・伝え方によると思います。

 例えば、19/3期のカチタスは4Qに決算特別賞与209百万円を積み立てた影響で、3Qまで20%を超えていた営業増益率が4Qに10%まで低下しています。表面的な決算数値だけ見るとネガティブな要素に映りますが、19年5月10日の決算前後及びその後の株価動向を見て頂くと分かる通り、一時的な株価下落すらなく、先半年にわたってなだらかな再評価が進んでいます。

【カチタスの19/3期の増益率】

出所:カチタスIR資料より筆者作成

 もちろん、株価は他の複数の要素が絡み合った結果ですので一概には言えませんが、決算説明資料のサマリーで「今後の安定成長のための人財投資として、決算特別賞与209百万円を支給」と明示し、(執筆現在、動画確認ができない状態ですが)機関投資家決算説明会の場でも、社長自ら特別賞与への理解を求める発言が冒頭にあったことが一定寄与しているかと思います。

【カチタスの19/3期決算説明資料のサマリースライド】

出所:カチタスIR資料より筆者作成

 投資家に分かりやすく示されているか、納得頂くための工夫や行動があるか、といった観点だけでも株価動向は変わり、足元株価と中長期目線での価値評価の乖離が生まれ得るので、どのように開示されているかも注意深く見てみると、投資機会を適切につかむきっかけになるかと思います。


HR Tech各社の平均給与を整理してみた

 実際に給与水準やその変化を見たところで、有用なインプリケーションが得られるのか疑問を抱く方も多いかと思いますので、一つ例を示します。以下の数表は、ダイレクト・リクルーティングやタレントマネジメント、スキルシェアといったサービスを提供する、人に深く関わるビジネスを展開する広義のHR Tech企業の平均給与(有価証券報告書記載ベース)の推移です。

【HR Tech各社の平均給与の推移】

注:FY22=22/3期、22/8期、22/9期である。22/3期は本来FY21だが、各社の決算期ズレ状況に鑑み、直近実績=FY22で統一して表記している。なお、平均賃金はいずれも基準外賃金を含む。なお、いずれも提出会社ベースの値であり子会社等は含まない。
出所:各社の有価証券報告書より筆者作成

 いかがでしょうか。上場から日が浅くヒストリカルデータに乏しいですが、ウォンテッドリーやアトラエは、他社と比較しても、意思をもって年々平均給与を上げている企業のように見えます。ウォンテッドリー、アトラエ(単体)のいずれも持続的トップライン成長と高い収益性を実現していますが、背景の一つに従業員還元の重視があり、「平均給与を上げてもなお、好業績をあげられる企業」なのだと伺えます。

 なお、当然ではありますがエンゲージメントの論点は平均給与に限らず多岐に渡りますので、その他従業員の働き方に関する開示が無いか確認してみることをオススメします。例えば、カオナビはHR Tech企業としての自負を持った働き方に関する開示が確認できるかと思います。


おわりに

 「人的コスト」でなく「人的資本」の観点で中長期の投資銘柄を選別する、といった着眼点に関してのご紹介でした。

 「あなただったらどんな企業で働きたいですか?」を投資視点にしてみましょう、と平易に言い換えてもいいかもしれません。機関・個人を問わず、多くの投資家が何かしらの組織に属し、日々給与や待遇を意識しているにも関わらず、株式投資になった途端に自分事でないかのように徹底したコスト削減を求める風潮がある気がしています。

 中長期目線で、「それって経営として正しいんだっけ?」と立ち止まって今一度考えてい見る、といった意識が生まれるといいなと、個人的には考えている次第です。


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