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  • 連作超短編集です

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青く澱むは

 瞼の裏に焼きついた青さのためか、私はエスカレーターからもう少しで転がり落ちるところだった。仙石線仙台駅は地下深くにあり、地上の煉瓦造りの駅舎までは長い長いエスカレーターを何度か乗り継いで初めて辿り着く。三月の指先を掴むような寒さは少し劣化が見られるその一段一段に染み付いていて、少し詰めた制服のスカートからゆっくりと体を蝕む。その冷気を振り払うように、私は昇降機の始点、コンコース連絡通路の出口まで足早に歩いた。  俗に別れの季節とも言われる3月は私の高校にも色々な形で別れと涙

    • 月の大気

      先生は剥がれた皮膚もはみ出した十二指腸も意に介さず、仮定法過去の用例を黒板に書き始めた。 I wish I could have taken up on 7 a.m. I wish I could have spoken English then. 「この文章みたいに、仮定法過去は必ずしもイフが必要ってわけじゃありません。動詞と助動詞の用法、そして込められたニュアンスを感じ取ったげることが大事なんです。例えばこの文章では……」 そう話している間に腸の先端はうどんのように

      • 月の大気  書きかけ

        今書いてる作品の冒頭です。こうして「続き書くぞ!」という気概を見せておかないと、いつまでも書けなさそうなのでひとまず置いときます。 最後まで書き終えたら完成版を出します。 先生は剥がれた皮膚もはみ出した十二指腸も意に介さず、仮定法過去の用例を黒板に書き始めた。 I wish I could have taken up on 7 a.m. I wish I could have spoken English then. 「この文章みたいに、仮定法過去は必ずしもイフが必要っ

        • 夕暮れの街角にて

           前を歩いていた五十代くらいの女性が急に右を向いて立ち止まった。なぜかと思って様子を伺えば、どうやら三越のショーウィンドウにあった何足かの革靴に興味を惹かれたようだった。働いた1日の疲れと、何十年もの間に重なった疲れとが、厚底の茶色いローファーに夢中の女性の横顔に皺となってうっすらと現れていた。  しかし彼女の背後を過ぎていくとき、ショーウィンドウに向き合った女性の姿越しに一瞬、ガラスに映った彼女の顔の正面が見える。そこに映っていたのは先ほどの横顔にはなかった女性の若さだった

        青く澱むは

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        • 5本

        記事

          夢 その5

          僕の住んでいる下宿にはいわゆる床下があった。柱は飴色に染まっていたり白蟻駆除の工事が話題になったりするぐらいには古いアパートで、窓の外には仕切りと三十センチ程の縁側があって、そのさらに下に闇をたたえた洞窟みたいな床下が広がっていた。  夏になると僕はよくその縁側に足をぶらつかせて、日光に焼けた縁框の石の上で打ち水をして遊んでいた。水のひるひると音を立てて蒸発していくのが面白くって、飲みかけの麦茶だったりペットボトルの水なんかを、惜しげもなくじょろじょろと流していた。対偶とし

          夢 その5

          夢 その4

          腕時計がぴっと小さな電子音を立てて、昨日が終わったことを告げた。日課の時間だった。  私は空き缶がたくさん入ったレジ袋を両手に持って、長い長い坂道の中程に立っていた。住宅街の中を真っ直ぐ突っ切って伸びる片側2車線の道路には、紺色のヨットパーカーを着た私以外のものは見当たらなかった。断末魔のように沈鬱な街灯の白い光が街路樹の間から伸びて、雨上がりのアスファルトの上の静寂をキラキラと照らしていた。息を吸うたびに夜の湿り気が肺を侵してきた。私が立つ歩道も車道に沿って延々と続いてお

          夢 その4

          夢 その3

           私は雪道に投げ出されていた。夜も更け切った頃のことで、不健康に白い街灯の光と、それを反射して光る白い雪が夜の底に沈殿していた。私の腹部中心やや左寄り、丁度肝臓の真下あたりには黒光りする一本のナイフが刺さっていて、脈拍に合わせて流れ落ちる血液が、鮮やかな赤い川を足跡のない乾雪の上に作り出していた。私の体は糸が切れた操り人形のように地面に横たわっていた。骨折こそないものの、左膝は限界まで曲げられ、右手は背中の後ろにまで引き伸ばされて、弛緩し切った体の重みで今にでも押し潰されそう

          夢 その3

          三角州

           小学生の頃、僕は一つのカレーしか知らなかった。  レストランなどで食べるカレーや温めて食べるカレーはカレーであって非なるものであり、母親が作ってくれるカレーだけが真実僕の「カレー」だった。野菜の切り方、使う肉やルーの種類、煮詰め具合に至るまで、そのディティールは僕の中で明確に存在していた。その作り方と味は僕の中で一つ確立した基準を作っていて、今でもカレーライスと名のつくものを食べるたび、僕の世界が二分されていた頃の名残のように、やや水っぽい母のカレーが勝手に思い起こされる。

          夢 その2

           私は地下鉄の座席に座っていた。規則的な電車の揺れと、窓の外をリズムよく通り過ぎている青白い電灯。銀の手すりに煌めくその光と、車輪が不規則にたてる甲高い音が、不健康な車内灯が照らす車内の秩序を支配していた。同じ車両を見回しても、私以外に乗っている人はおらず、ただ少し擦り切れた青い座面だけが整然と並んでいるだけだった。恐る恐る立ち上がると、存外に冷えた空気が頬を撫でた。着ていたコートのどこかにくっついていたボールペンが乾いた音を立てて床に転がった。  そこそこのスピードで進ん

          夢 その2

          夢 その1

           目を開くと、見慣れた私の自室の風景が見えた。私は四畳半の中心に立っていた。ある程度の整理整頓を心がけていたつもりだったが、部屋はかなり荒み切っていた。緑色のカーペットの上には棚に収められていた大判の本が散らばっていた。そしてそれらを不完全に覆うようにシャツやコート、さらにはキャスター付きの椅子までもが散乱していた。部屋の三分の一を埋めるベッドには血とも尿とも判別のつかない黒い液体が染み付いており、部屋全体にすえた匂いを撒き散らしていた。時間は日中のようで、カーテンの白色に染

          夢 その1

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          こんにちは。維科です。  こちらのnoteでは、私が作った創作物とかなんかそんな感じのやつをパラパラ貼っていきます。  ものを書く練習のための場所にしたいと思っているので、不定期かつ雑文が多いと思いますが、どうぞ温かい目で見守っていただけるとありがたいです。 何卒よろしくお願いします。

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