夕暮れの街角にて
前を歩いていた五十代くらいの女性が急に右を向いて立ち止まった。なぜかと思って様子を伺えば、どうやら三越のショーウィンドウにあった何足かの革靴に興味を惹かれたようだった。働いた1日の疲れと、何十年もの間に重なった疲れとが、厚底の茶色いローファーに夢中の女性の横顔に皺となってうっすらと現れていた。
しかし彼女の背後を過ぎていくとき、ショーウィンドウに向き合った女性の姿越しに一瞬、ガラスに映った彼女の顔の正面が見える。そこに映っていたのは先ほどの横顔にはなかった女性の若さだった。時間の厚みを全て無視して、その女性の持つ本質的な若さが現前していた。照明に照らされた瞳が、憧憬を湛えながらきらきらと輝く。唇は軽く開けられ、声にならない感嘆の息が漏れているように思える。歩いていた時のやつれた後ろ姿とは比べ物にならないくらいに魅力的だった。
僕にもいつか彼女のように、たとえば威厳のあるジャケットのなど前で歩みを止める時が来るのかもしれない。その形にそれまでの人生を無化するぐらいに夢中になるときが来るのかもしれない。それはなぜか、すごく待ち遠しいもののようにも、ひどく寂しいことのようにも思えた。
それらは一瞬の出来事で、僕はコートの襟をただして足早に地下鉄へと向かった。上弦の月が街の上をゆっくりと進みつつあった。
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