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【モノローグエッセイ】オーディションキョウソウキョク

自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ

茨木のり子 詩集「自分の感受性ぐらい」(1977刊)

時:現代。商業演劇で有名作品のオールキャストオーディションが告知されている。


場所:日本。レッスンの稽古場


【登場人物】

A:フリーランスの俳優。商業演劇の舞台経験無し。小劇場の演劇舞台の経験有り。


B:芸能事務所に所属している俳優。最近商業演劇の舞台に出始めてきたが、伸び悩んでいる。


C:フリーランスの俳優。経験を積むために小劇場演劇の舞台を中心に活動している。商業演劇の舞台経験無し。


※この戯曲内では、商業演劇の舞台は芸能事務所に所属していなければオーディション情報を得ることが難しく、芸能事務所に所属することも困難である。一方で小劇場演劇の舞台は、所属を問わずオーディション情報が得ることができ、常にオールキャストオーディションが行われている。また、この戯曲内の登場人物の中では、商業演劇の舞台に出ることが俳優としてのある一定のキャリアの成功として扱う。


※三人は五年前に、同じ小劇場系ミュージカル「カンパニーオブウィメンズ」で共演している。セリフ内に出てくる「あの舞台」というのはこのこと。登場人物達が人生に迷いながらも自分の道を切り開いていく物語。この舞台でAはメインキャストの中でも物語の中心となるステラという役をやっていた。(該当部分の戯曲シーンは最後にまとめる。)


※「いい女優は、いいウェイトレスであれ」: 「カンパニーオブウィメンズ」の劇中で、Bの役がAの役に言うセリフ。「いい女優とは自分の順番が来るまで努力して待つことのできる女優であり、つまりウェイトレス(waitress)は、いつでも女優(actress)になれる」という意が込められている。(該当部分の戯曲シーンは最後にまとめる。)


稽古場。
A、B、Cがいる。




A:私、受けるのやめようかな

B:え、本気で言ってるの?何で?

A:だって、やっぱ事務所入ってないと勝ち目ないでしょ

B:そんなの関係無いよ、オーディションなんだから

A:それはあんたは所属してて、 (対面審査で)見てもらえるからでしょ、フリーはフリーってだけで舐められるんだよ、それにプリンシパルは客寄せパンダが取ってっちゃうし

C:たしかに…それはあるかも…嘘であって欲しいけど、最近のキャスト解禁見てると俳優より事務所の力を感じるし、フリーで活躍してる人って元々経歴がある人だし、スター主義が日本は強いから…

A:でしょ、小劇場出てても、そんなん出てるから商業出れないとか言われるし

C:え、そうなの?

A:そんな出来レースに、挑戦するのも時間の無駄かなって、思えて来ちゃって

B:出来レースなんかじゃないよ!選ばれない理由は、オーディションだから誰も分からないけど…私だって!事務所入ってても落ちるし、落ちてるオーディションの方が多いし

A:何?嫌味?

B:は?違うよ

C:二人とも、やめよ。これからレッスンなんだし!今日も元気に頑張る!ほら、先生もうすぐ来るよ

A:分からないよね、「本当に」 選ばれたことがない人の気持ちなんて

B:いつからそんな弱っちい奴になったの?自分の感受性ぐらい自分で守れよ!

A:は?

C:  (強めに)やめよ?

A:偉そうに命令しないでくれる?

B:はー図星か!「カンパニーオブウィメンズ」でステラやってた人がこんなこと言うなんてがっかりだわ!


A:帰る

B:逃げるの?もうここに来れなくなるよ、一生。「いい女優は、いいウェイトレスであれ」じゃないの?

A:あんたのそういうとこ本当にムカつく!

B:あんたが本当にムカついてるのは思い通りにならない自分の現状でしょ?負けんなよ、私達と一緒に頑張るんだよ

C:そうだよ、私、また皆で同じ舞台立ちたい

B:落ちたって死なない、諦めずに続けてれば絶対…

A:死ぬんだよ…!生きながら心が死んでいくんだよ!あの舞台から五年経った。他の子はみんな大きな舞台に出てて、私だけ取り残されてる。何回も何回も落ちる。私ちゃんと努力してる。どんな嫌なことされても乗り越えてきた。役者だから。でも何で舞台に立てないの?もうこんなの嫌だ

B:それでも続けるんだよ。

C:やめるのは簡単だよ、続けるのは苦しいけど、その先に私達が掴みたいものはあるよ、絶対。辛い時は助け合おう。

B:オーディション受けるよ、受けなきゃ受からないんだから。

C:一緒に審査員笑かしに行こ!

A:笑かしてどーすんのよ…

C:覚えてもらえるかもしれないじゃん!それに私も、上手くいかないことばかりだよ、せっかくチャンス掴んでも、会場の雰囲気に萎縮しちゃって…。緊張しなければ、掴めたはずなのにって。あー!難しいな!

B:私も、自分をよく見せそうってついつい思っちゃう。

C:今回みたいな大きなオーディションだと特にねぇ、人生かかってるし。

B:そういう時こそ、楽しめるようになりたいな。

C:だから、磨いていこう。これからレッスンだし。絶対!私達は業界に欠かせない才能の塊なんだから!あの舞台みたいに!



‪☆カンパニーオブウィメンズ該当シーン

【登場人物】
ステラ:Aが演じていた役。舞台俳優
アンナ:Bが演じていた役。レストランのオーナー
マリー:Cが演じていた役。画家

閉店し、締め作業の最中のレストラン。レストランのオーナーのアンナはレジの金額確認中。

スタッフ(アルバイト)のステラ、マリーは店内清掃をしている。その中での会話。


ステラ  まあちょっと荒いとこもあったけど、致命的なミスはしなかったし、目の前にいた審査員もニコニコしてたの、他のスタッフも私を見てる感覚があった、だから、思ったんだよ、これはいけたんじゃない?って。でも落とされた。

アンナ  あらーそうだったの

ステラ  悔しすぎてその日は眠れなかった

アンナ  残念だったわねぇ

マリー  アンナさーん、表、閉じちゃっていい?

アンナ  あ、ゴミ出ししてから閉めて、ステラ、そっちのゴミも一緒にしちゃって

ステラ  いつもそう。いい所まで行くけどそこで落とされる。何がいけないわけ?

マリー  あーこないだの?

ステラ  そう

アンナ  ただ縁が無かっただけでしょ。どの業界でも日常茶飯事よ

マリー  うんうん、私もコンペに作品出したりするけど、気に入ってもらえるかどうかなんて結局審査員の好みじゃん?

ステラ  受かった子、友達の前の共演者なんだけど、RENTのジョナサン・ラーソンも知らなかったらしいのよ?

マリー  ジョナサン・ラーソンって誰?

ステラ  RENTの生みの親!!

マリー  へぇ〜

アンナ  知らなくても、実力はあったんでしょ。

ステラ  まあそうなんだけど!なんかもうっ…あー!!って感じ!(ゴミを勢いよく置く。)

アンナ  ちょっと、ステラ。ものに当たらないでくれる?

ステラ  あーあー受かってたら今頃ソワレのカーテンコールに出てたのになー。まあ落ちたからここで閉め作業してんだけど。

マリー  ソワレって何?

ステラ  夜公演のこと!

アンナ  いい女優は、いいウェイトレスでもあること。


アンナの発言にキョトンとするステラとマリー。


ステラ  …どういうこと?

アンナ  サラ・バレリスもキミコ・グレンもキアラ・セトルも。…やってたでしょ、ウェイトレス。

ステラ  ちょっと皮肉?!女優なら、愛想の良いウェイトレスの役を演じてるつもりで働きなさい~って?

アンナ  違う

ステラ  じゃあどういうことですか?

アンナ  いい女優は、自分の順番が来るまで努力して待つことができる女優。つまり、ウェイトレス(waitress)はいつでもアクトレス(actress)になれんのよ、ステラ


ステラ、アンナの意図に気づき、ハッとなる。小さな感動と納得。

一方二人の話の意図があまりピンと来ないマリー。


マリー  あのー…私だけ全然話が分かんないんだけど、キアラ・セトルってあのグレイテスト・ショーマンの人?

ステラ  アンナさん!(無言で熱い握手)グッときた!シェフじゃなくて、脚本家になった方がいいよ

マリー  何で?

アンナ  あら本当に?じゃあ私のデビュー作には、ステラって役を作っておくわね

ステラ  どんな役?

アンナ  レストランのウェイトレス役

ステラ  ちょっと!アンナさん!(アンナ、ステラ、二人で退場。)


マリー  ねえ!置いてかないでよ!



あとがき
心など既にぶっ壊れていて、「前向き」という接着剤で無理やり修復した心で生き抜いている。強くなる度に砕け散る。その繰り返しである。
砕け散った分、私は成長出来ているのだろうか。

競走曲。協奏曲。狂想曲。
そんな思いで生まれた短編戯曲です。

※本著作物の著作権は、橋本薫子に帰属します。

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