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竹藪演出事件【小説】

人を殺してしまった・・・

北海道の八雲町。雪が多く降る日、人を殺してしまった。なして。殺意なんて無かったのに。

殺すまでの5分前

僕は海の見える町の路地を歩いていた。昼の光が眩しい。大きな魚が釣れなくて、こわくって気分転換の散歩をしている。歩けば雪を踏む音がする。雪を見ながら歩いていたが、別の足音に気付いて顔を上げると前方に黒ずくめの大きな男が居た。痩せていて180cm近くある。その姿から大きな鉛筆を想像した。

その男と目が合った。その瞬間、直感的に殺される恐怖を覚えた。僕は右ポケットに忍ばしていた護身用のナイフを握りしめていた。男が口を開けそうになると、ナイフはポケットから出ていて、男の心臓付近に刺さっていた。一瞬のことで、自分が何をしたのかさえ分からなかった。人を刺すというのは、もちろん始めてだった。男は奇妙な唸り声を出しながらその場に倒れた。

男はピクリとも動かない。ちょしてみたがやはり動かない。しゃっこくなっている。男の周りの雪が血で赤色に染まる。かき氷のいちご味を思い出した。医療経験が無い僕でも死んでいると分かった。頭の中が、わやになってオロオロしていると、黒のアタックケースが視界に入った。男が落としたものだ。血の付いた手で恐る恐る中身を確認した。中には現金が乱雑と詰まっていた。一億はあるだろうか?ドラマでしか見たことのない現金に圧倒された僕は、無意識にケースを持って雪道を走り出していた。

10月23日・殺人罪+窃盗罪

一日に二回の罪を重ねてしまった僕は罪から逃げるように、どこに行こうか迷った。自首するという選択肢は頭の中から消えていた。とりあえず、歩いて南の方向に向かうことにした。北海道を出ようか。地平線のように続く田んぼ道を歩き続けた。

どのくらい歩いたのだろう。数十時間は歩き続けただろう。朝が来て、次の日になったことが分かった。太陽の光が眩しい。体力が限界に近づいてきているのが分かる。汗が不快感を倍増させる。そうこうしている内に、木古内駅が見えた。

青函トンネルを新幹線で抜けて、青森県に入った。トンネルを抜けた先にある奥津軽いまべつ駅を降りて歩いた。周りは山ばかり。歩くのがこわい。現金を持って歩くとこわくなってくる。この現金、もったいないけど捨てようかと思った。どうせ自分の物ではない。たまたま近くにあった竹藪の中にケースを置いた。しかし、このまま逃げるのはいたましい。その時、僕の頭の中に良いアイディアが思いついた。

10月24日・故意放置罪


10月25日、外ヶ浜警察署前

巡査の前田は警察署前で、うろちょろとしている30代くらいの男をガラスドア越しで見ていた。何か相談事があるのだろうか。声をかけるべきか。迷った挙げ句、

「何をしてるのかね?」

と外に出て声を掛けた。その男は前田を見るなり

「プライバー守ってくれます?」

と言った。声が少し震えている。よほど人には聞かれたくない相談らしい。

「出来るかぎり」

「あの、竹藪で現金を見つけたんです」

「拾い物ですね。立ち話もなんだから奥で話そうか。氏名と年齢は?」

応接室に案内しながら、気さくな感じで個人情報を聞き出す。まずは話しやすい環境を作るのが大切だ。

「山神 準、30歳です」

「職業は?」

「北海道で漁業をしています」

「見つけたって、どの位の金額かね」

「一億近くあります。相当重たいです」

「一億!」

思わず叫んでしまった。我ながら恥ずかしい。前田は応接室のドアを開けてソファーに山神を座らせた。


15分くらい話しただろうか。狭い応接室で二人は向き合って話した。落ちていた場所や、そこに行った理由。すべて嘘で固めた。今頃は、警察官がアタックケースを探しに向かっているだろう。僕は確認の為に、前田という巡査に聞いてみることがあった。

「あの、見つけてから半年経っても持ち主が見つからなかったら、僕の物になるんですよね?」

「規則上は3ヶ月経っても落とし主が現れない場合は全額、広い主の物になります」

僕は知っている。持っていた者は、もうこの世に居ない。僕だけが知ってる。そうなると、持ち主は現れない。全額が自分のものになるだろう。

「拾特物件預かり書に記載されている期限から2ヶ月以内に預かり書を警察署に持参して来てください」

前田という巡査はハキハキとした口調で話を勧めていった。

警察署を出て、このまま北海道に帰ろうと思った。しかし、どうせ内地に来たのなら、東京という場所に行ってみようと思った。ホーカイドーウTVの朝の特番で東京ノ魅力を紹介されていた。もしものためにアタックケースの現金の束の中から100万円の束を抜いていたのだ。これさえあれば東京観光は十分だ。青森駅から新幹線に乗った。

東京は人がなまら多い。北海道生まれでも札幌や旭川のように比較的、人が集まっている場所で育ったわけじゃないから、人が沢山歩いているのを見ると違和感を感じた。北海道の中でも人が多い場所に行ったことがない。北海道から出たこともない。コンクリートの上を歩く人は誰もが焦りを感じていて、何かに追われるように歩いている。そして、顔は冷めている。都会の人は、そんなに忙しいのか?人の波に溺れそうな感覚がした。あたりは暗い夜になっている。

とりあえず、近くにあったインターネットカフェに泊まることにした。ビルの5階にネットカフェはあった。狭い個室に人ひとり分くらい入るスペースがある。椅子に腰掛け、パソコンを起動させて、ヤホーニュースを見ると、『北海道八雲町で30代男性の遺体発見。刺されて死亡。殺人事件として捜査中』という見出しが出ていた。思わずカーソルを動かして記事をクリックしていた。

『北海道八雲町で30代男性の遺体発見。刺されて死亡。殺人事件として捜査中』ホーカイドーウ新聞社

24日早朝、北海道二海郡八雲町栄町付近の路上で、30代の男性の遺体が刃物で刺された状態で発見されました。遺体の状況から見て道警は殺人事件として捜査してます。

発見したのはランニングしていたAさん(60代男性)で、遺体の男性の身元は分かって居らず、現在調査中。遺体は刃物で心臓を一箇所刺されていた模様。道警は会見を開き、殺人事件と判断し、捜査本部を設置したとのこと。また道警では、不審者情報を募ってます。(0120ー○✕○✕ー○✕○✕)

ついに発見されてしまった。もしかしたら目撃者がいるかも知れない。しばらく北海道には帰れない。このまま東京で暮らそうかと思った。家族も居ないし、恋人も居ない。両親は二人共亡くなっている。そう考えると孤独な人生を歩んでいるなと思う。いろいろと考えた挙げ句、歩き疲れたのでふかふかの椅子にもたれ掛かった。

10月26日/21:00

ネットカフェは一日しか予約していなかったので、そろそろ出る時間だ。日本の警察は優秀だ。新幹線の移動経路から特定させれて、もうすぐ捕まるかもしれない。所持金の残りは、あと98万円もある。警察に捕まったらこの金も使えなくなる。いつ捕まっても杭の残らないように、全額使ってしまおう。

タクシーで、銀座に向かった。酒に潰れた人で溢れかえっている。光るネオンの中から適当に選んだキャバクラに入った。そこで、現金をバラまいたりして、シャンパンを開けた。たちまち所持金を全額使って一文無しになった。自分でもわやなことしてるなと思った。しかし、人生で最高の夜でもあった。

気づいた時には路上で寝ていた。いつ店の外に出たのだろう?酒のせいで記憶が曖昧だ。黒服の店員に無理やり追い出されたような記憶もある。

「どうしたのかね?」

路上で寝てたからか、声を掛けてくる中年男性の声がした。

「誰や?」

酒の勢いで叫んでいた。頭が正常に回らない。振り向くと、グレーのスーツ姿の中年男性は警察手帳を開いていた。そこには上野と書いてあった。やばい、刑事だ。そう思った僕は、その男の顔面を殴っていた。

10月26日・公務執行妨害罪

近くにいた若い刑事に羽交い締めにされる形で取り押さえられて、手錠を掛けられた。辺りを見ると野次馬が数十人は居た。たちまちパトカーに乗せられて、警視庁まで連行された。

取調室で指紋を取られた。手錠を掛けた水島という刑事が取調べを行った。20分位取調べされていると、取調べ中にひとりの警察官が慌ただしく入ってきた。

「刑事、大変です」

警察官は水島刑事に耳打ちしながら何かを話している。ときどきこちらを警察官がチラリと見る。

「公務執行妨害及び、殺人罪、窃盗罪、故意放置罪で逮捕だ!」

その時になって分かった。さっき取られた指紋が、刺したナイフと同じだったのだ。現金に目が眩み、ナイフを刺したままにしていた。そして、交番に届けた金の正体も芋づる式に分かったのだ。竹藪で拾ったと嘘を付いて、金を騙し取ろうと演出したのだが、あっけなく終わってしまった。

【あとがき】〜作者からのメッセージ〜
金を拾った男が警察官を騙して正式に自分の物にしようとする。殺人などの重大犯罪を犯している割には気弱な犯人だが、その分に知恵が働いていて、竹藪で拾ったと演出する。なかなか面白い展開だったと自画自賛するが、ストーリー性に少し無理があるのも承知だ。ホーカイドーウTVおよび新聞社は架空の報道機関です。この物語に罪の名称を書き足してるのもポイントです。この内容は某事件を調べたときに思いついた話である。何をキッカケに小説のネタに出来るか分からないからこそ執筆する楽しみがあると思う。少し北海道の方言を使って執筆してみたので、意味が分かりにくいかもしれないが、ご了承を。

植田春人
ペンネーム。久しぶりに執筆。今回の作品は短めです。


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