梅雨前線【小説】

風が吹いた。

南から吹く風は自分のことを『生きているよ』と教えてくれるみたいだ。肌に風が来たよとメッセージを送ってくれる気がする。今日も、いつもの河川敷で空を見ている。春から夏にかけての季節では風が生暖かく感じる。空には雲が一つもなくて青い空が広がっている。思わず空に向けてポエムを呟きそうなくらいに自然を感じる。その風でキレイにセットしている長い髪が揺れた。

天気を眺めるのが好きだ。明日も晴れるといいな。心と天気は間接的に関係していると思う。雨の日より、晴れの日の方が機嫌がいいように。昔から天気のことばかり考えている。いつの頃だろうか、小学校の帰り道、土砂降りの中で好きな人を見つけた。その子は同級生だった。太陽みたいに明るくて、性格の良い子は曇顔の自分を笑顔にしてくれる存在だった。そんな人が土砂降りの中で転んだ。でも、引っ込み思案な私は助けることが出来なかった。あの時、助けてあげたかった。少しでも手を差し伸べれたらよかった。それから少しして天気は晴れになった。でも、心は晴れない。なんでも天気で例える自分は、卒業文集でお天気お姉さんになりたいと書いた。

職業病だろうか、天気のことばかりが頭の中を埋め尽くす。それは昔からのことだけど、社会人になってからは明らかに考えるペースが増えている。私の名前は空田虹。23歳で今はテレビ局で気象予報士をしている。先程も述べた通り、自分が好きなことを仕事にしようと思った。大卒の私は気象予報士の資格を取って数ヶ月前にテレビ局に入社した新人気象予報士だ。

主に夕方のお天気番組で天気予報を伝えている。世間ではお天気お姉さんと言われる。今の仕事は楽しい。大学時代の同級生の男子達にちやほやされている。それは素直に嬉しいけど、何か物足りない。他の男性たちは性的な目で見ている気がして愛を感じない。そう恋愛だ。大学時代に一回だけ付き合った人がいる。その人は…

「痛っ」

思い出に老けていると、写真週刊誌の記者が使うような大きなカメラを持った人が私にぶつかってきた。おそらく写真を撮るのに夢中だったのだったのだろう。

「あっすいません」

その男は、そう言いながらこちらをジロジロとこちらを見てきた。

「あっ空田さんですよね」

「そうですけど」

そう言うと男は名刺を渡してきた。その名刺を見ると『テレビリサーチャー 坂口友也』と書いていた。私と同じテレビ局に勤務している人だった。

「何をしてたんですか?」

「写真を撮りに来たんです。いいネタが無くてね。ただの暇つぶしですよ」

そう言いながら写真を撮っていた。空に向けて何枚も。私はそれを横目に空を眺めた。しばらくすると坂口という人は歩いて帰ってしまった。変な人と思いながらも何も巻き込まれずに済んだと思えば気が楽になった。まるで曇から晴れに変わったみたいな心境だ。


昼休憩が終わったので働いているテレビ局に戻った。エレベーターで四階に上がった。この階で働いている。自分のデスクの周りは働いている人が沢山居て騒がしい。電話が鳴り響く。静かな場所に移動したいと思ったのでデスクから離れて休憩室に入った。そこには誰もいなかった。昼休憩終わりなので居ないのは当然だった。

自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながらスマホをイジっているとドアが開いて一人の男が入って来た。その顔を見ると、あの男だった。二人の視線が驚いたようにぶつかる。

「また会いましたね」

「ええ」

坂口さんは、そう言いながら横の席に座ってきた。馴れ馴れしいと思いながら、顔をよく見るとタイプの男性だった。あの時は空に気を取られていて気づかなかったけどカッコいい。スタイルが良くて変におどおどしていない。いわゆる爽やか系だ。年齢は30歳くらいか。

「テレビリサーチャーをしているんですね?」

「そうです。もともとADだったんですが昇格しました」

案外話しやすくて会話が盛り上がった。凄く魅力的な人だなと思った。もともと探偵に憧れていたらしい。でも、簡単になれなくて探偵に近い仕事を見つけた。それが今の仕事だそうだ。好きなことを仕事にしている私にとって親近感が湧いた。夢を追いかけている人がどんなに素晴らしいのか分かる。奇遇な二人だった。

坂口さんと話していると自分の心が晴れやかになる。曇空の自分には、必要な存在かもしれない。この気持ちは小学生以来だ。なんだか好きになってきた。これまで好きな人に告白するタイミングが分からなくて、自分から告白したことは無い。いつも男性から告白されていた。一歩踏み出す勇気が無くて困っている。その時、坂口さんのスマホが鳴った。そして、『ネタが見つかった』と言って行ってしまった。坂口さんはまるで、嵐のように過ぎ去ってしまった。


初めて好きな人が出来たのは大学時代だった。高校時代にも告白されたことはあったけど、付き合うことはしなかった。恋愛は大学時代って決めていた。大人ぎりぎりの青春が大学生だと思っていたから。大人の恋愛を楽しみたいと思った。受験勉強に忙しかったこともある。大学一年生の頃、天体観測サークルの先輩に恋した。その人は星が好きで航空関係の仕事に付きたいと言っていた。

付き合った期間は数ヶ月で、特に別れる原因は無かったけど、二人とも資格試験や就活などで忙しくなって自然消滅した。それから彼とは連絡をとっていない。メッセージを送っても既読スルーされるだけだった。それから彼との恋は完全に終わったと思った。もう悲しい思いはしたくない。恋愛は辞めようと思った。メッセージも辞めた。その時の気分は土砂降りだった。でも、今は虹が出るように恋愛したくなってきた。


数日間、坂口さんのことばかり考えていた。彼に恋人は居るのだろうか?居なかったら坂口さんと付き合いたい。でも、聞く勇気が無い。どうやったら近づけるのだろう。そう思って休憩室のテレビを付けてみると見覚えるのある男の顔が画面に写った。その画面を見たとき、思わず目を疑った。

「男が殺人容疑で逮捕されました。被害者は平田強(30)で…」

そのニュースを読み上げているのは、この局で人気の美人アナウンサー、松田アナウンサーだ。それよりも坂口さんがテレビに出ている。殺人容疑。私は目を疑ったけど、加害者の名前も同じだ。好きになった人が逮捕された。好きになった人で直接的な関係は無いけど、悲しくなってしまった。どうして捕まったんだろう。速報を待つことにした。数分後、番組がスイーツの話題で盛り上がっている時に、臨時ニュースが入った。坂口友也容疑者は恋人の浮気相手を殺したと語っていると報じていた。

恋人が居たんだ。浮気はいけないことだと思うけど、浮気をした人を殺すなんて異常としか思えない。好きになった人に恋人が居て殺人犯なんて、やっぱり自分には恋愛は向いていないのかもしれない。何かを変えたくて局を飛び出した。逃げ出したと言った方が正確かもしれない。向かう場所は無いけど走る。ただ呆然と。走り続ける私の心は土砂降りだった。それとリンクするように雨が降ってきた。数分後、本当の土砂降りになって転んだ。涙が溢れる。雨の水なのか、自分の涙なのか判断が付かないほど泣いた。

「大丈夫?」

頭の上から声がした。見上げると元カレが立っていた。驚きと戸惑いながら差し伸べられた手を握る。私は、惹かれるように立ち上がった。

「大丈夫。久しぶり…」

大学時代の元カレ。宮本宏太が、そこに居た。私のことを思い出したように気まずそうな顔をしている。

「どうしてここに?」

「仕事の途中で、このあたりに来たんだ」

そういう彼はキッチリとスーツに身を包んでいる。彼は仕事中で、仕事が終わってから話したいと言うので待ち合わせの時間と待ち合わせ場所の居酒屋を教えてくれた。


22時。居酒屋で酒を飲む。周りの客は酒が入っているせいか騒がしい。最高のストレス発散場所。仕事終わりの幸せ。テーブルの前には元カレが座って居る。会話は、弾まない。

「虹ちゃん、お天気お姉さんになっていたんだね」

私は宮本宏太に大学を卒業して気象予報士になり、テレビ局で働いていることを話した。

「うん」

「俺、全然テレビとか見ないから知らなかった。仕事も忙しいし」

「今、どこに勤めているの?」

「今は、X商事だよ。虹ちゃんのテレビ局の近くに会社があるんだ」

X商事といえば大企業だ。確か貿易関係の会社だった気がする。そう思い、宮本宏太左腕を見ると高級そうな時計を付けている。

「へー。最近、彼女とかいるの?」

「えっ。あっ。居ないよ」

そう言った時、中年の店員さんが、注文した商品を持ってきた。二人とも食べるのに夢中で会話が途絶えた。少し食べていると宮本宏太の電話が鳴った。

「ごめん、会社に戻らないといけないことになった」

そう言いながら、伝票を持って会計を済ませて足早に店を出ていった。特に用事は無いので、元カレが残した料理を味わいながら食べて店を出た。あたりは真っ暗になっていて星が見える。その星を見ていると数年前に元カレと二人で見た星空を思い出した。

天体観測サークルで自信満々に星の名前を指さして語る元カレがかっこよく見えた。空は一つに繋がっている。場所や時間が違っても二人で見た景色と同じ景色。あの時は戻ってこないのかな。やり直したい。今度は恋人が居ないことを聞き出した。あの調子だと居ないだろう。あとは告白するだけ。胸がドキドキする。これが恋なのか。


それから止まっていたメッセージのやり取りを再開した。二人とも仕事で忙しいけど、可能な限りメッセージのやり取りをした。殆どが他愛のない会話だった。何回か食事に行ったけど、それ以上の事は無かった。食事終わりに誘ってくることも無かった。あくまでも知人同士の関係だった。

ある日、仕事終わりに話題のスイーツ店に寄ろうとした。その時、街中で元カレを見つけた。だが、横には女がいた。

ー松田沙奈ー

はっきりと分かった。私が働いているテレビ局のアナウンサーで一番人気の人だ。松田は局の先輩で26歳。そして人妻だ。去年、人気YouTuberと結婚した。そんな人が男と一緒に歩いている。しかも私の元カレとだ。居酒屋で言った『恋人は居ない』発言は嘘だったのか。いや、恋人と断定するのは早い。悪いと思いながら跡を付けていった。仲良く話ながら歩いている。今は他人とはいえ元カレだから悔しく感じるのはなぜだ。

そして、流れるように二人はホテルに入っていった。その様子をスマホで写真を撮った。出てくるときに見られるとまずいので退散することにした。家までの道のりを歩きながら呟いた。

「恋人じゃんか」


ライバル相手から元カレを奪いたい。そもそも人妻が他の男とデートするなんておかしい。自分のデスクでイライラする。元カレも元カレだ。人妻と分かっているのかな。結局、恋人は居ない発言は嘘だった。でも、松田はもっと許せない。不貞行為は事実だ。私はこの目に焼き付けるように見た。

「ねえ、話したいことがあるんだけど」

そう思っていると後ろから女の声がした。振り向くとそこには松田が居た。噂をすれば何とかだ。

「ちょっと来て」

松田はテレビ局を出て、いつも私が景色を眺める河川敷に向かった。後を追うように後ろから付いていった。少し歩くと松田はこちらを振り向いた。腕を組んで仁王立ちの姿勢を崩さない。

「宮本くんは諦めなさい」

「何のことですか?」

「しらばっくれても無駄よ」

「どうして分かったんですか?」

「女の勘よ」

「先輩は結婚しているんでしょ」

「だから何?」

「いや、その」

口ごもった。何も言えなくなった。その時、後ろに回った松田から背中を押された。そして、川に落ちた。水しぶきが上がる。とっさのことで何が起こったか分からなかった。これは現実だろうか?お気に入りの服が濡れる。

「もう一度言うわ。宮本くんは私のものだから。諦めなさい」

そう言いながら松田は去っていった。松田の背中を見ながら復讐したいと思った。許せない。体は冷えているが、心は怒りで燃えている。


服を乾かしてからテレビ局に戻った。どうやって復讐しようか?頭がパズルのピースを外すように冷静さを消していく。

「どうした?浮かない顔して。まるで曇顔だね」

プロデューサーの三谷さんとすれ違った。この人は大学の先輩で元カレと同級生である。若手の実力派プロデューサーとして活躍している。報道系の番組を担当していて、自分が天気予報を伝えるニュース番組も担当している。その人を見て、私は、いいことを思いついた。

「ちょっと話したいことが…」

休憩室に案内した。二人は席に座る。これまでの経緯を説明した。松田に復讐したい事も語った。三谷さんは、どっしりと椅子に腰掛けて、目を閉じて黙って聞いている。

「で、どうして欲しいの?」

「松田アナの不倫報道をして欲しいんです」

「組めないことも組めないけどね。でもクビになるのはゴメンだよ」

腕を組みながら躊躇している。少し、貧乏揺すりをしているのも気になる。

「そこをお願いします」

「虹ちゃんの頼みなら断れないな。クビ覚悟で特集するよ」

承諾してくれた。明日の夕方五時のニュースで報道してくれることになった。三谷さんに二人がホテルに入っていく決定的画像のデータを渡した。


夕方五時に二人の不倫報道のニュースが流れた。元カレはモザイクになっている。テレビ局は大混乱に陥った。苦情の電話が鳴り響いている。それもそうだろう局の人気アナウンサーの不倫報道を自身の局で流したのだ。それを実行したプロデューサーの三谷さんは解雇された。三谷さんは後悔してないようで、ハワイに移住することにしたらしい。行動力のある人というか呑気な人だ。

一方の松田アナは解雇されて行方不明になった。噂では結婚相手のYouTuberとも離婚したそうだ。そんな中、露頭に迷った元カレと付き合うことになった。本当は元カレの嘘を許していない。これで奪い返すことが出来た。奪い返せさえすれば良かった。女の意地である。土砂降りのようなドロドロした関係が無くなった。そして、二人はやり直すことが出来た。

空には虹が出ている。雨が降って地固まった。

〜作者からのメッセージ〜
天気とは移り変わりが激しい。急に雨になったりする。それはまるで人間の感情みたいだ。今回の作品は女性の複雑な人間関係を描いた。松田アナが川に突き落とすのはリアリティーに欠けるのはさておき、言葉よりも行動が先に出る人は敵に回すと恐ろしい。天気と心情をミックスした作品を書いてみた。人間に感情があるように天気も感情があると思う。いちばん大事なのは天気と人間の共存だ。※この作品はフィクションです。実在する人・局とは関係ありません。

植田晴人
偽名。作品の内容よりも作者のメッセージに拘るこの頃です。

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