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『資本主義の家の管理人』~市場の時代を乗り越える希望のマネジメント⑦ 第二章 会社 第四節 企業活動の入口と出口

第二章 会社 ~企業活動の全体像

<第二章構成>

第四節 企業活動の入口と出口

1.What for(何のために) ~旗を立てる
2.How(どのように) ~資源・資産・資本
3.For what(何に) ~利潤の使い道

第五節 事業と経営 ~時を刻むのではなく、時計を作る
1.事業家と経営者の違い
2.事業経営(Business management)、会社経営(Company management)、企業経営(Enterprise management)
3.時間が創り出す価値~ローマは一日にして成らず

第六節 会社の基本構造
1.会社の基本構造その1:執行と監督
2.会社の基本構造その2:資本と経営
3.会社の基本構造その3:公開会社と非公開会社

第七節 株主の権利と義務
1.自益権と共益権 ~お金と権力の合体
2.出資株主と非出資株主
3.PBR(株価純資産倍率)の罠

第八節 会社の本質を考える
1.「会社は誰のものか」 ~モノとしての会社、ヒトとしての会社
2.テセウスの船~同一性のパラドックス
3.会社は資産でできている

第九節 会社の機能
1.会社の機能その1:契約の統合とリスクの引き受け
2.会社の機能その2:知見の貯蔵、熟成、活用
3.会社の機能その3:機会を提供と社会的公正の実現


第四節 企業活動の入口と出口

我々は、株式の公開ではなく、目的に向かって進んでいる。自然から抽出した価値を投資家の富に変えるのではなく、パタゴニアが生み出す富をすべての富の源を守ることに活用するのだ

(イヴォン・シュイナード、パタゴニア社の創業者)

1.What for(何のために) ~旗を立てる

会社は何のためにあり、何を目指して、どう活動しているのか。

マネジメントの対象である会社を的確に把握するために、見えているようで見えていない「企業活動の全体像」をまず視野に入れたいと思います。

1602年に設立された世界最初の株式会社であるオランダ東インド会社は、政府や多くの人々の出資によって航海上のリスクを分散し、東インド諸島から買い付けた香辛料の販売で挙げた利益を出資者に分配しました。

日本では坂本龍馬が1865年に長崎で作った亀山社中が株式会社の始まりと言われています。亀山社中は、薩摩藩や富裕な商人から資金を募り、オランダやイギリスの商館から武器や軍艦を購入するなど、貿易によって利益を得ました。亀山社中の事業はその後、海援隊、三菱商会、日本郵船へと引き継がれ、三菱財閥の発展の礎となります。

このように株式会社は、複数の出資者から資金を調達して事業の失敗のリスクを分散し、成功したら利益を出資者に分配する仕組みとして始まりました。現在もこの仕組みは基本的に同じであり、会社とは、資本を集め、利益を上げ、出資者に利益を分配するものであるという理解が一般的だと思います。これを図示すると以下の通りです。

一般的な会社像

会社は、資金や設備、原材料、人材やノウハウなどの資産を資本として活用することで生産し、作った製品を販売して利益を得ます。得た利益は、会社の活動を維持するための消費(経費や給与など)、返済(利息や配当、税金など)、貯蓄(内部留保)、そして更なる生産のための投資に充てられ、この資産→資本→生産→利益→分配のサイクルを繰り返して会社は成長していく。それが会社の活動であるという理解はもちろん間違いではありません。

しかし、これは単に利益を上げる仕組みを説明しているだけで、言わば企業活動のHow(どうのように)の部分です。

オランダ東インド会社も亀山社中も、事業を興した目的は利潤の獲得だけではありません。そこには香辛料によって西洋世界の食生活を豊かにするとか、倒幕によって新しい日本を創るという、大きなビジョンがあったはずです。単に利潤だけでなく、その大きな目的があればこそ、資金が集まり、人が集まったのです。

未来のビジョンが事業の出発点であることは、現代の会社も変わりません。それは企業活動の入口の部分であり、「What for(何のために)」という動機があって人や資金が集まり、稼いだ利益をその目的の実現に向けて使う(投資する)、つまり、入口のWhat for(何のために)→胴体のHow(どのように)→出口のFor what(何に向けて)、というサイクルが企業且つ小津の全体像です。利益はWhat forに近づくために必要な「手段」であり、入口で掲げた目的に向けて投資される(For what)ことによって意味を持つのです。

利益の使い道である「消費・返済・貯蓄」は、活動維持のための必要コストであり、「投資」だけが未来の実現のために使われます。

企業活動には、入口としてのWhat for(何のために=目的)と、胴体としてのHow(どのように=生産と利益)と、出口としてのFor what(何に向けて=投資)があり、このすべてがあって企業活動の全体像が成立します。

企業活動の全体像を図示すると以下のようになります。青い線で囲んだ部分が、一般に企業活動を考えられている部分、つまりHowの部分です。

企業活動の全体像

多くの会社は、この入口と出口を見失い、Howの部分を繰り返しています。胴体の部分を企業活動であると考える会社、利益を目的と考える会社は、あたかも「回し車のハムスター」のように、かごの中でひたすら車輪を回し続けているに過ぎません。その結果、For whatを持たない利益が内部留保として積み上がり、やがて市場や株主の圧力に耐えきれず特別配当や株式の償却(自社株買い)によって株主に分配されるのです。

2022年には日本企業の内部留保は550兆円を超え、10年連続で最高額を更新したと言われています。これは、入口と出口を見失い、「ハムスターの回し車」と化した市場の時代の会社の姿を象徴しています。くるくると車輪を回しているのは、もちろん経営者と社員です。

インターネット、スマートフォン、SNS、電気自動車など、企業は新しい商品によって未来の社会を創り出している。利益よりも事業や商品そのものによって企業は社会に貢献している。その主張ももちろんその通りです。しかし、お金はあらゆる商品に交換できるという特別な性質があり、それによって個別の商品よりもはるかに強力なパワーを持っています。そして、商品やサービスが顧客に使われることによって価値ある商品となるように、利益というお金も何かに(もちろん大切な何かに)使われることによって価値を持つのです。そして本質的に、商品もサービスも利益も、すべて何かの目的のための手段であるということです。

さらに、企業活動の全体像を示した先ほどの図を見てみると、会社の外に社会の資本と自然の資本があります。意識するしないに関わらず、会社は自らは保有していない、会社の外にある社会や自然の資本も活用して生産活動を行っています。社会の資本とは、教育や司法、治安や行政サービスなど、自然の資本とは、大気や水や太陽の光、植物や動物、土地や生態系、その他人間には作り出せないあらゆる自然の資源です。

社会の資本について、企業はその一部を税金などの形で負担していますが、自然の資本についてはどうでしょうか。もしこれらの資本に対して適切な投資が行われているなら、教育や福祉、地球環境はより豊かになっているはずですが、そうでないとすれば、明らかにそれらの資本はやせ細っていくでしょう。

亀山社中の「社中」とは、組合や結社などの仲間を意味する言葉です。Companyという言葉も、その語源は「一緒にパンを分け合う仲間」と意味するラテン語のCompanisに由来しています。また、英語のSocietyは「社会」を意味しますが、イタリア語のSocietaは「会社」です。これは元々のラテン語のSocietasが「会社」を意味する言葉であるからです。

このように、「会社」は元々、共通の目的の下に仲間が集まり、ともにパンを食べるために活動する集団でした。「ハムスターの回し車」と化した現代の会社から、こうしたニュアンスが果たしてどれくらい読み取れるでしょうか。私たちの会社は、社会や自然の、自ら所有していない大事な資本を視野に入れて活動し、利益をそれらの資本のために投資しているでしょうか。

冒頭に紹介した米国パタゴニア社(Patagonia, Inc.)の創業者イヴォン・シュイナードの言葉は、企業活動の入口と出口を考える上で極めて示唆的です。

パタゴニアは、環境に配慮した製品を製造・販売することで有名なアウトドア用品のブランドですが、製品の製造過程でも、リサイクル素材を使用し、化学薬品の使用を減らすなど、環境への影響を最小限に抑える努力をしています。

1985年からパタゴニア社は、会社の売上の1%を毎年自然環境の保護に使い続け、2022年には創業者と家族の保有する30億ドルの株式をすべて、環境保護活動を目的に自ら設立した非営利団体に寄贈しました。シュイナードにとっては、美しい自然を守るのが企業活動の目的であり、会社の活動や、製品・利潤などの企業活動のアウトプットはすべてそのための手段であると考えています。社員も、会社が入口に立てた旗に共感し、そのために汗を流して働き、ともにパンを食べるために集まった仲間と見なされます。そして、その旗に共感し、その目的を支持し応援する顧客が世界中に存在することによって、パタゴニア社は大きな売上と利益を上げているのです。

このように、会社は、単に商品やサービスや利益を生みだす仕組みであるだけでなく、その活動全体が目指すべき世界に近づくプロセスであり、共通の旗の下に集まる仲間たちの社会(Societas)なのです。これが企業活動の全体像です。

2.How(どのように) ~資源・資産・資本

企業活動の入口と出口の間にあるHow(どのように)、つまり一般に思われている会社の活動(利益を上げる活動)はどのように行われているのでしょうか。

会社は商品やサービスを生産し、それを販売して利益を得ています。このHowの仕組みの中核にあるのが「資本」です。

資本には、設備・機械・原材料・製品・土地・建物などの「物的資本」、預金・現金・売掛金・有価証券などの「財務資本」、営業権・商標権・特許権などの「知識資本」、そして働く人々の「人的資本」とその集合体である「組織資本」があります。

この内、人的資本と組織資本は他の資本とは違う特殊な性質を持っています。それは、他の資本に働きかける資本であるということです。それ以外の資本は、人と組織が働きかけることによって初めて資本として生産に投下することができるのです。社内における資本は、この二重構造になっています。

人的資本とその他の資本

資本が活用されることによって、生産が行われ、製品を販売することで企業に利潤がもたらされます。

このプロセスを管理するのが、How(どのように)の部分におけるマネジメントの仕事になりますが、人と組織の資本が弱いと他の資本が十分に活用されないため、会社全体で効果的な生産が行われず、製品の品質や競争力が低下し、企業は稼ぐ力を高めることができません。

そして、資本は初めから「資本(Capital)」であるわけではありません。

資本の手前には「資産(Asset)」があり、資産の手前には「資源(Resource)」があります。資源とは、世界に存在する有形無形のあらゆるものを言います。人間が創り出した人工の資源もあれば、自然が与えてくれた非人工的資源もあります。

これらの資源の中から、会社は生産に必要なものを選択します。会社によって生産されたものが「資産」です。土地・建物、機械・設備、原材料、人材、そして意識するか無意識であるかを問わず、社会や自然が提供するもの。これらの資産には、貸借対照表に載っているもの(オンバランスの資産)と載っていないもの(オフバランスの資産)があります。

しかし、資産が生産活動に投下されるためには、資産を「資本」に変える必要があります。遊休地に工場を建てる、機械・設備を稼働させる、原材料を加工する、人材を育て、役割を割り当て、適所に配置する。こうして資産が資本に変わり、資本が稼働して企業はHowのプロセスを回していくことができるようになります。

これを図示すると以下のようになります。

資源・資産・資本

3.For what(何に) ~利潤の使い道

利潤は、入口で立てた旗に近づくために投資されます。活動維持のコストである「消費・返済・貯蓄」と異なり、投資だけが未来に向けた利益の使い道です。

しかし、「回し車のハムスター」となった会社では、自社株買いや特別配当によって、積み上がった内部留保を定期的に吐き出しています。なぜそうするかと言えば、「会社は株主のもの」だからです。会社は株主のために利益を上げ、株主の財産を増やすために活動するものであるという会社像です。この問題は、このあとの第七節と第八節で、「果たして会社は本当に株主(出資者)の所有物か」という議論を提起したいと思います。

自分たちの会社は何を目指して活動しているのか、自分はどうしてこの会社の仲間になろうと思ったのか、皆が頑張って稼いだ利潤は何に使われるのか。それが、company(ともにパンを食べる仲間)、societas(社会)、社中(組合・結社の仲間)という、本来の「会社」の意味することであり、企業活動の全体像なのです。

経営とは、この会社活動の全体像を視野において行われるものなのです。



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