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さよならアイルランド。飛行機に乗るまでの話。

普段オフィスに行くために乗るバスと同じバスに乗った。

向かう先はいつもと違う。あと車内の混み具合。何で大荷物の今日に限って、こんなに人が乗り込んで来るのだろう。他のバスがいるせいで、停留所に止まりきれずウロウロしている私のバスは魚の集団みたいな人の塊をあっちこっちに動かした。そんな人の波を横目にため息をつく。

荷物は取り敢えず詰めたけど、絶対カウンターで引っかかる。Ryanairの厳しさと追加料金へのがめつさには誰も抵抗できないのだ。頭の中でスーツケースとバックパックの中身を入れ替え、何とか問題なく潜り抜ける方法はないか頭を巡らせた。

昨日読み切った小説がふっと思考を遮って記憶の中から出てくる。小説の最後に解説を残していた書評家は、癖のある名前の割には話す内容にはあまりキレがなくて解説して欲しいところを解説してくれていなかった。もっとあの表現の意図が知りたかったなぁ、日本に着いたら同じ著者の他の本も読んでみよう。

クリスマスの飾り付けが覆うO'Connell Streetに着いた。空港まで乗るはずのバスを待ってる。

ほらね、あの飾りつけは私を見送るために設置されたのよ、だって今は光ってないじゃない。昨日パブの帰りにこの道を通ったとき、今年初めて設置されただろう新しいイルミネーションを指して言った私の言葉を肯定するように頭の中で呟く。

去年はなかった並木道を彩るイルミネーションは、きっと私へのお別れの挨拶なんだ、という私の主張。新しい地に行くため浮き足立った私には2杯のビールがそんな主張を繰り広げるのに丁度良かったらしい。

イルミネーションが点灯されていないのは昨晩で私のお別れ会が終わったからではなく、いまが朝の8時だから。でも、いいんだ。私の旅立ちをDublinが悲しんでいたってことにしておいてよ。

頭の中で色んなことが駆け巡ってたけど、次第に脳内を占める言葉が限られてきた。

来ない。

これ間に合うのか?飛行機。アイルランドでバスが時間通りに来ないのは当たり前なんだけど、こっちは空港に行くんだからちょっとくらい気を遣ってよなんて届かない文句をぶつぶつ呟く。

こんな事ならタクシーを取ればよかった。間に合うか間に合わないかみたいな、このストレスは寿命を縮める感覚がある。移動する度に同じ焦りを感じるから、私の心臓は海外に出るたび削られているんじゃないかとも思う。

空港に向かうときは7割方焦っているので、貰ったメッセージを読んで1年を振り返ったりとか、残してきた友達に涙を滲ませながら電話を掛けたりとか、そういったセンチメンタルに浸る時間もない。いろいろやりたいことはあったはずなのに。あれ、どうしてだろう。

焦りと苛立ちが頂点に達して、配車アプリのMy taxiを開いたところで大型タクシーが目の前に止まって、私とバス停で待ちぼうけしていた人をかっさらって行った。

あぁ神様。いつかは助けてくれると信じてました。アイリッシュのアクセントが強いそのドライバーの背後に後光が差したように見えたんです。

荷物は取り敢えず大丈夫だった。スーツケースに入っていた本はバックパックに移動したけど。うん、これも予定通り。ゲートにも間に合いそう。

でもまだわからない。荷物検査で引っかかるかも…。案の定荷物検査の前には長い列が見えた。

その辺をウロウロしているスタッフは何をしているんだろう、ってここに来る度に思う。もう1つや2つゲートをオープンさせてくれればいいのに、と思うけど機械にも限りがある。ダブリン空港はそんなに大きくない。

ブーツも脱いで、コートも脱いで、荷物を通したら引っかかった。私のPCケースが検査に連れてかれる。何も問題はないはずだから、取り敢えず機械から出てきたブーツとコートを身につけて、PCが返ってくるのを待つ。

大丈夫でした、という言葉と共に返ってくるPC。うん、知ってる。でも何で引っかかったのか理由を教えて。

荷物検査が終わったからあとはゲートに向かうだけ。誰もバイバイなんてしてくれない。あっけないアイルランド最終日。

どこのゲートか確認したら掲示板には”Boarding Now” の文字。

私みたいな奴を焦らせる罠だとは気づいているのだが、出来る限り早足で移動する。

もう嫌だ!無理!と頭でつぶやいたと思ったんだけど声に出てたみたい。日本語だし大丈夫。ばれてないばれてない。

ボロボロになりながら走る、走る。出国前は大体いつもこんな感じなので空港では本当に人には会えない。もし私をどこかの空港で見かけても声はかけないで欲しい。ゆったりコーヒーを飲んでPCを触っているとき以外は。

搭乗が始まっているという掲示板は嘘だとわかるゲート前につながる長い列。搭乗しているどころか、ゲートもまだ開いてないじゃん。

しばらく開きそうもないゲートのために列に並ぶ必要はないので、近くのベンチに腰を下ろす。

間に合った、間に合ったよ。長旅だった。まだ飛行機にも乗っていないのに。旅はこれから始まるのに。

やっと落ち着いてこれを書いているのは飛行機の中。いつもは離陸までの短時間で深い眠りに落ちるのだが、今回は全てが嵐の様に過ぎていったので、まだ心の何処かがざわざわしてる。

あぁ、私は1年過ごしたこの地を離れるのですね。すぐに遊びに来れるけど。大好きだったよアイルランド。1年は短いね。


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