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「生きている実感」が沸いた気がした、23の夏。

暑さが煩わしくなりはじめた23歳の初夏。
私はとある山に移住して暮らしはじめた。

移住するまでの過程はこちら↓↓


いろいろあったけど、新卒で、1年と少し勤めた会社を辞めて、晴れて自由の身になった私は友人の紹介で、とある山奥に住んで、小さな林間学校のインストラクターの仕事をすることになった。

住んだ場所は、とある山の標高約200メートル付近に位置する小さな温泉街。それなりに都会での暮らしが長かった私は、家を探そうとネットで、suumoやhomesで検索をかけたけれど、ネット上に掲載されている物件なんて1つもなかったので、友人にとある大家さんを紹介してもらった。はじめての不動産を介さない形での家の契約。完全にちょっとぼられてる感が否めなかったけれど、他につてなんかなかったので、手作り感満載の古民家の2階を貸してもらうことに成功した。

1階は大家さんの物置きで、2階に中から上がることはできないので、家の外に2階への入り口までの階段が備え付けられていたのだけれど、それも大家さんの息子さんがかなり前に手作りしたものらしく、木でできている10段くらいある階段を1つ1つ登るたびにギシギシと恐ろしい音が鳴った。こんなかんじ。

雨の日にはめちゃくちゃ滑るし、重いものをもってあがるときには普通に大変だし、怖かった。

「ギシ、ギシ、ギシ。」

重い荷物を抱えながら、1段1段用心して上り下りする。
階段の音に毎度怯えながら生活するなんて、私はそんなこと人生で一度も経験したことがなかった。

階段だけではない。
家自体が古い木造なので、あらゆるところにすきまがあったし、それなりに部屋は広かったからか、窓やドアを閉め切ってエアコンをいれてももうまくきかなかった。季節は夏のはじまり。
標高も高かったので、意外と窓を全部あけて、扇風機を回した方が涼しいということに気づいた。
エアコン代も節約できたしハッピーなんて思っていたけど、そううまいこといってくれなくて、、。

毎日のように、私が大の苦手な虫たちが家の中をはびこるようになった。
1階が物置きだったので、長いこと掃除されてないのか、ゴキブリたちが2階に上がってきた。
それに加えて、どこの隙間から入ってくるのかムカデ、ゲジゲジ、マイマイカブリ、普通に蚊、ぶよ、などなどの虫たちが次々と現れる。
そしてどこで栄養を吸収してきたのか、彼らはビックサイズならぬキングサイズだった。

いつどこで、彼らが出てくるかわからない。
毎日が戦いだった。
何も防御するものがないと、寝たくても寝れないので、枕元に、キンチョールと炭用のトングを置いて寝ていた。
敵が来たら、まずキンチョールを動けなくなるまで吹きかけ、最後のトドメはトングで刺す。そしてそのままゴミ箱へ。
そこに可哀想だなんて感情を抱いている暇はなかった。毒がないならいいけれど、特にムカデやゲジゲジは、やらなきゃこちらがやられてしまう。
無心で、淡々とやる。

虫たちと戦いながら過ごす日々がくるなんて、思ってもみなかった。

そして、私は山暮らしをはじめると同時にインストラクターの仕事もはじめた。
今までのデスクワークとは違って肉体労働だ。
野外炊飯指導、レクリエーション指導ほぼほぼ運動していなかった私にとって体力の消耗が激しかった。へとへとになって家に帰り着く。
そして気づく。「ごはんがない。」と

ごはんがなければ、コンビニで買えばいいじゃない。飲食店に行けばいいじゃない。

そう人は思うかもしれない。
けれど住んでいるのは山の中、そして、仕事場はさらに山の中だった。

仕方がないので、山を降りたところにちょうどマクドナルドがあったことを思い出し、車を走らせる。身体を動かしていたのでお腹ぺこぺこで、とにかく身体にジャンキーなものをかきこみたい気分だった。走らせること50分。
着いたときにはクタクタだった。

「ダブルチーズバーガーセットで、サイドはポテトでドリンクはファンタ。あと、チキンナゲット5個入り、バーベキューソースでお願いします。」

とフルコースをオーダーし、食べたマクドナルドは人生で一番おいしく感じた。

仕事終わりに飲食店まで行って帰ってくるなら食事時間、移動時間含めて約2時間。

コンビニで済まそうと思っても、家に帰り着くまで40分以上かかる。

「今日の夜ごはん何にしよう。」

都会に住んでいたときには、選びきれないほど帰り道に無限の選択肢が広がっていたのに。
今ここに

「今日の夜ごはんどうしよう。」

そう悩んでいる自分がいる。
もう自炊するしか選択肢がなかったので、とにかく疲れた日でも、帰ったら何かしら食べれるようにお米を炊いて、何かしらのお肉と野菜をストックするようになった。
都会に住んでいたころ、ほぼほぼ外食で済ませていた私にとって、大きな変化だった。

「生きるのって大変。」

シンプルにそう思った。
でも、この「生きるのって大変。」という感覚が、自分にとって、「生きている実感」を呼び起こしてくれたのだと今考えればそう思う。

自分で大家さんと交渉すること、階段を怪我しないように上り下りすること、虫たちにやられないように戦うこと、自分で食べるものを用意すること。

自分が快適に生活をするために考えて、工夫する。

あたりまえかもしれないけれど、気づかないうちに世の中が便利になりすぎて、そこに私はほとんど気を回したことがなかった。
特に社会人になってからは、自分の人生が仕事中心になりすぎて、自分の生活なんて2の次で、いかに時間をかけずに、思考を巡らさずに生活して、仕事にかける時間を増やすかが最優先事項だった。

そんな私にとって、快適な自分の生活を送るために思考を巡らす時間は、新鮮で、ひどく心地よく感じた。

自分で考えて、階段で事故らないように、時間はかかるけど荷物を分散して運ぶ。

自分で考えて、どうやったら虫たちにやられないか戦いの術を身につける。

自分で考えて、疲れた日でもごはんをしっかり食べれるように献立を組み立てる。

そうやって自分の生活に焦点をあてることで、何か自分の中に足りなかったパズルのピースが埋まっていく感覚になった。

「生きるのって大変。」

というか、人が暮らすのってこんなにも手間がかかることなんだという認識と共に、暮らしを考えて工夫することで私は「生きているんだ。」という実感が沸いた気がした。

そんな山暮らしで得た気づきは、自分にとってすごく貴重な学びだったと思う。

「生きている実感」は、もしかすると、人々が求めている自由、じゃなくて、不自由の中に秘められているのかもしれない。
そう思った23の夏のお話。








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