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「無理矢理されたのまで律儀にカウントしてんじゃねえよ」

「触ってもいい?」
 切羽詰まった様子でそう言った彼は、私の答えを聞く気なんてないみたいだった。上に跨って見下ろしてくるその瞳は、いつもより少し幼く見えた。

 私も彼も、ずっと何かを探していた。その何かで、ぽっかりと空いた穴を塞ぐのに必死だった。”何か”で代用できるようなものじゃなかったのに、私たちはそのことに気付かないふりをした。そうしなければ、息をつぐことさえ難しかった。

 私たちがほしかったのは、特別なものじゃなかった。それなのに、それを欲しがることさえ、とうの昔に諦めていた。


 物心ついた頃から、両親の虐待を受けて育った。小学生の頃までは誰にも言わず、ひたすら独りで耐えていた。

 中学に上がってほどなくした頃、ある出来事をきっかけに、幼馴染みに虐待されている事実を知られた。彼は、その現実から逃げなかった。耳を塞ぎたくなるような出来事でさえ、目を背けずに聴いてくれた。
 両親の虐待が酷かった日やどうにもやりきれない夜、いつの日からか幼馴染の家に逃げ込むことが増えた。彼はいつ私が来てもいいように、自室の小窓の鍵を毎晩開けておいてくれた。


 その日も、そんな夜だった。寒い夜道をひた走り、彼の部屋の灯りに辿り着く。そこから漏れ出す光を見るだけで、心がほっと息をつけた。
 途中まではいつも通りだった。話して、泣いて、そんな私を彼が抱きしめる。しかし突然背中を撫でる掌に力が込められ、ぐっと彼の体重がかかった。あっという間にバランスを崩した私の身体は、ひんやりと冷たい床に組み敷かれた。

 彼が言った。

「触ってもいい?」

 返事を待たずにぎこちなく口づけられた唇の温度は、私の体温より少し高めだった。彼が私の答えを聞く気がなかったのは、そんなの聞くまでもなかったからだ。
 私は、彼が好きだった。それに気付かないほどバカな人でもなかったし、気付かないふりができないほど無神経な人でもなかった。私の想いは告白なんてものをすっ飛ばして届いてしまっていて、彼はそれにずっと優しく蓋をしてくれていた。それが、彼の答えなのだと思っていた。

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