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許された傷痕と、恋の欠片のようなもの。

醜いものを見ると、人は極端に寄りたがる。

それが”正しい”か、”正しくない”か。その両極しか許されないことが、どうしようもなく苦しかった。どちらでもあり、どちらでもない。私にとってそれはそういう曖昧な境界線上にあるもので、でもそれを口にすることは許されないような気がしていた。

目に見えない傷口のほうが圧倒的に深度は深いのに、どうして人はいつだって目に見えるものだけに意識を向けてしまうのだろう。


東北で生まれ育った私の肌は、皮膚が薄くてわりと白い。若い頃は今よりもさらに白く、その肌色を褒められることも多かった。

「せっかく白くてきれいな肌なんだから、もっと出せばいいのに」

露出の少ない服装の私に、周囲がかける何気ない一言。その一言が、いちいち私の胸をちくちくと刺した。

着たくても、着れないんだよ。

そう思いながらも、言葉にすることができない。それを言った人に悪気なんてこれっぽっちもないと分かっていながら、気分が落ち込むのを止められずにいた。

ノースリーブのワンピースが着たい。胸元の開いたシャツを颯爽と着こなしたい。でもそれは私には無理な相談だった。私がそういう格好をすれば、周りが困る。目のやり場に困って、ふっと視線を背ける。そのくせ、気になってこっそりと舐め回すようにこちらを見る。

「気にしないよ」と言いながら気にしないでいられる人は、おそらくあまり多くない。私の左腕と胸元には、一生消えることのない傷痕が生々しく残っている。胸元の傷痕はだいぶ薄くなった。しかし左腕、特に二の腕部分は、赤黒いケロイドの傷痕が今でもくっきりと残っている。

深夜のコンビニへ向かう際、うっかり上着を忘れて行ってしまったことがある。明るい店内について初めて、”しまった”と思った。そう思ったときには、たった一人しかいない店員さんがじっとこちらを見ていた。それは本当に一瞬のことで、いつまでもじろじろ見られていたわけではない。一瞬凝視したのち、見てはいけないものを見てしまったかのように慌てて目を逸らした。店員さんは何も悪くない。上着を忘れた私の責任だ。分かっている。生まれつきのものならともかく、腕の傷の半数以上は自身でつけた傷だ。自己責任だ。そう思いながら、何も買わずに店を出た。
月明りを浴びながら、一人きりのアパートへ帰る。歯を食いしばって家路を急いだ。泣きたかった。安全な場所で、一人で。私の腕をじっと見つめていた人の瞳に浮かんでいたのは、嫌悪と恐怖の色だった。それは私が自身の傷痕を見るたびに抱いていた感情とよく似ていた。


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