僕が衝撃を受けたファッションデザイナーたちの話(その2)

日本で学生時代、当時Raf Simonsがクリエイティブディレクターとして手がけていた頃のJil Sanderのコレクションが発表されるたびに雑誌にかじりついていた。この頃の彼のクリエイションに今の僕はどれほどの影響受けたのか測り知れない。加えて留学先であったマランゴーニ学院はJil Sanderミラノ本店のすぐ隣にあったのだが、当時ウインドウにディスプレイされていた2011年春夏コレクションの一着のスカートは忘れられない。

まるでギリシャ神殿の柱のように自立したスカートのインスタレーションは見た瞬間その美しさに息を呑んだのを覚えている。ただの白Tと合わせるスタイリングセンスも完全降伏としか言いようがない、とにかくこの頃のJil Sanderに僕はただひたすらに憧れていた。

(白T。。。天才かよ)

その当時ラフの右腕として影で活躍していたデザイナーがいる。それが前回のnote(https://note.mu/harunobumurata/n/n9c98132d32d7) 紹介したPatrick van Ommeslaeghe(以後パトリック)というデザイナーだ。

彼はJean Paul Gaultierでキャリアをスタートしたのち、Balenciaga、Ann Demeulemeesterを経てJil Sanderにやってきた。ラフの時代のドレスは基本的にすべて彼の仕事ということになる。つまり僕の心を打ち抜いたスカートも、パトリックの仕事だ。

彼はラフのJil Sander退任と同時にLoeweに移りJ.W.Andersonと仕事をしていた。それもあってJ.WのLoeweのファーストコレクションには、パトリックがジルサンダーでデザインしたドレスのアイディアが見られる(というか同じ)"ジョナサン、Loeweはレザーのブランドなのだから、ファーストコレクションはレザーを全面に活かしたドレスで始めるべきだよ"って言ったとか、言わないとか。

(同じですね)

入社して1年ほど経った頃、僕はもともとドレスが好きだったこともあり担当がショルダーピースからドレスに移ったのだが、ほぼ同じタイミングでパトリックがLoeweからJil Sanderに戻ってきた。あのスカートをデザインした本人が戻って来る。え、夢??
そういった経緯で僕はいわば憧れのマスターと一緒に仕事をすることになった。

完璧を求めない姿勢
まずは彼がいかに素晴らしいか、彼のスケッチを見ていただきたい。

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まさかの脱力系である。え、これでいいの??

彼のデザインプロセスの特徴はとにかく”早くて軽い”
基本はアイディアの卵をまずパターンメーカーに投げて、サンプルが上がってくる。最初のサンプルはそもそも完璧を求めてないのだが、そこから。実際のモデルの上で思いつくままにドレーピングをしていく。つまんだり、ひねったり、ひっくり返したり。一着のドレスが細胞分裂するように3つ4つとどんどん増えていき、時々美しい突然変異を挟みながら軽やかに増殖していく。しかもそのプロセスが超早い。3Dの世界で形を作っていくので綺麗なスケッチを描くことは彼にとって時間の無駄らしい。実際彼が紙の上で迷ってる様なところは見たことがない。それを実際のパターンに落とし込むパターンメーカーの力も大きいのも確かだが、こうして出来上がってくるドレスは恐ろしいほど美しい。

入社して最初の一年間、ショルダーピースでのクリスの完璧を求める姿勢のみがこのブランドの在り方だと信じ込んでいた僕にとって、最初から完璧を求めずいわば偶発的な瞬間に美を見出す彼独自のデザインプロセスとの出会いは大きな衝撃だった。

彼は現代アートのコレクターでもあり、その深い知識と審美眼を、迷いなくドレスに載せていた。このスピード感で美しいものを生み出せる背景には、美しいものとは何かを知るための芸術への愛情が土台となっている様にみえた。審美眼を磨くとはこういうことだと見せつけられたようだった。美しいものを生み出したければ、まず美しいものを知れ。

昨年のミラノサローネにおけるNendoとJil Sanderのコラボも秀逸だったが、そういえば佐藤オオキさんのスケッチもパトリックのそれに近いものがあるのは、分野は違えど美しいものにたどり着くためのプロセスに共通点があるからなのかもしれない。

こと移り変わりの早いファッションの世界において、時代の表層のもやもやとした部分をさっと軽やかにさらっていく姿勢そのものが、僕にはとても美しく見えた。

パトリックは残念ながら昨年ジルサンダーを退職してしまったが、彼と一緒に働いた時間は僕にとってかけがえのないものになった。完全無欠な完璧さを追求する姿勢もいいけれど、彼の様に流れに身をまかせる余裕をもった軽やかな美しさもまた魅力的である。

今もこうして身近な人のスケッチを描いて喜ばせているに違いない

実はラフの時代にもう一人、パトリックと一緒に仕事をしていたデザイナーがいたらしい。というのも僕は彼のことをスケッチを通してしか知らないのだが、アーカイブを漁っているときにたまたま見つけたスケッチに心を奪われた。まだ会ったことのないMartinについて次回は書いてみたいと思う。

村田晴信

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