おばあちゃんとの最後の思い出
私が6歳から一緒に住んでいたおばあちゃんは
10年前、私が長男を出産する3週間前に亡くなりました。
初めての出産前、そして
新幹線で遠方までいかなければならない
ということもあり、
最後のお別れに行けませんでした。
亡くなるちょうどその時、
家族が電話をかけて来てくれたお陰で、
私はスマホ越しに
「おばあちゃん、ありがとう、ゆっくり休んでね」
となんとか伝えることはできました。
そんなおばあちゃんとの思い出で
最近ふと思い出すことがありました。
亡くなる数年前に一緒にした、
最後のお正月の準備です。
我が家は関西のお雑煮なので、
こっくりとした白味噌のお汁の中に、
丸餅、ごぼうやにんじん、大根などの根菜がたっぷり入っています。
そして、くわい。
スーパーでお正月前にだけ見かけますよね。
このくわい剥きが、
おばあちゃんとの最後のお正月準備でした。
おばあちゃんは、とってもおおらかな人で、
それはよく「雑」という短所にもなりました。(笑)
私が6歳の時から20年近くリウマチを
患っていたおばあちゃんが、
節々が痛む手でくわいを剥くのは一苦労なんです。
丸いくわいを煮崩れしないように、面取りして
きれいに剥いていくんですが
おばあちゃんの大雑把さとリウマチが合体して、
くわいが剥き終わると
食べる部分が小さく小さくなってしまうのです。(笑)
そこで、その時私が手伝いました。
3歳までおばあちゃんに育てられたといっても
過言ではないほどおばあちゃん子だった私も
しっかりその大雑把さを受け継いでしまいましたが、
おばあちゃんから手ほどきを受けながら、
まだまだ慣れない手つきでくわいを剥きました。
でも、心のどこかではもう
これが最後かもしれない、と感じていたと
思います。
それくらい、なんでもないその
下ごしらえの一コマが
愛おしく、
このまま終わってほしくない、と
神さまにお願いしたくなるくらいでした。
あんなに大切に思っていた時間ですが、
じゃぁあの時何を話しながら
剥いていたのか、と
今回思い出そうとしてみましたが
楽しい雰囲気しか思い出せませんでした。
覚えていたつもりだったのに、
思い出すのは二人で分厚くむきすぎた皮を見ながら笑った様子だけ。
こうやって思い出は薄れていくんですね。
でも、あの時のおばあちゃんの笑い顔や、
ちょっと曲がってしまっていたけれど
白くて細い綺麗な手、
それは今でもしっかり覚えています。
もう10年。
今年で11年目です。
立春もいよいよ近付いてきました。
いよいよ春の足音が大きくなって来ます。
そして春が来るとおばあちゃんの命日がやって来ます。
そんなことを思いながら今朝台所に立っていたら
ふとおばあちゃんとの最後のくわい剥きを思い出しました。
そんなおばあちゃんの別れを通して生まれた歌も、
今回アルバムに収録予定で今作っています。
よかったら、こちらも覗いてみてもらえると嬉しいです。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
今日も良い日になりますように。
山口春奈
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