見出し画像

【本紹介】アートとしてのカウンセリング入門④


杉原保史 著

クライエントの心理における不安の働きを理解する

語られない不安

Clは自分の感じている不安に反射的・自動的・習慣的に気づかないようになっている
→カウンセラーは、Clが「自分は何に不安を感じ、何を恐れているのか」を正確かつ適切に述べることができるという前提にたつべきではない

テキスト分析に陥るな

Clの発言だけでなく、その姿勢や視線、ニュアンスなどを丁寧に読み取っていきながら、その背後に潜んでいるClの抱える不安を探っていく

→カウンセリングで相手にしているのはClという人であり、話の内容ではない

最も肝心な心の動きは、クライエントの話す話の内容には決して出てこない

人は幸福を願い、不幸に陥ることを恐れる?常識的前提を離れよ


カウンセラーが世間一般の常識(「人は普通幸せになることを願っている」)に囚われてしまうと、Clの「幸せな思いをしたいけどそれが崩れるのが怖いから締め出したい」という幸せになることへの恐怖には気づけない

人に親切にされると嬉しいものだ
→例えば自分のことを「親切心にかけている嫌なやつ」と思ってそれを惨めに思っている人なら、人に親切にされた時に嫌な思い、恨むがましい思いをすることもある
→親切にしていたのに裏切られる、キツくあたられるなどは、「こんなことをされたらあなたも親切にしたことを後悔するでしょう」「あなたの親切心はこんなものだったんでしょう」ということを言いたいのかもしれない(親切を受け取ったからこそ。)

他にも、自分の有能性を恐れる人、温かい眼差しを恐れる人、自分の中の優しさを恐れる人など先入観を離れて心の動きを見つめていくことが大切

前向きの動機と逃げ出す動機

人には2種類の動機がある
⑴目標に向かう前向きな動機→明確な目標がある
⑵後ろから恐怖に追い立てられて逃げ出す動機→目標や方向性がない

⑵の場合、人はそれを「不安から逃げたいからなんです」と言わない
「積極的に〜したい」という表現を使ってくる
→Cl自身も自覚していないことが多い

カウンセラーはClの言葉の「真実味のない感じ」に敏感に気づくことが大事
→話の内容だけでなくクライエントの存在全体に感受性を開いて聴いていくこと


カウンセリングの限界と広がり

カウンセリングは唯一絶対の援助?

結論
『カウンセリングは唯一絶対の援助ではありません』

カウンセリングを受けている間の変化の多くは、カウンセラーとの関わり以外の要素によるものだと説明できる

カウンセラーはClの変化を自分の影響であると独善的に考えないように注意する!

カウンセラーは、「自分はこんなにClを助けようとしているのに、クライエントの生活内の様々な人間がClを傷つけている」と思ってしまいがちがら実際はその逆も往々にして生じる

カウンセリングルームをオアシス、それ以外を砂漠であるかのように考え、「カウンセリングでは今まで得られなかった肯定的な体験をさせてあげよう」と考えるのは×
→なぜ今までの生活の中で肯定的体験をできなかったのかを立体的に考え、潜在的な可能性を追求し、それを体験できるように援助するのがカウンセラー

カウンセリングルームを環境から切り離し、特別で重要な場所だと思い込んでいるカウンセラー
→外の様々な援助者や近隣の人などに支えられてカウンセリングは存在している

カウンセラーはClの持っている莫大なリソースを無視・敵視するのではなく、活用できるように援助すべき!

カウンセリングによって悪化するケース

目立つ場合と目立たない場合がある
例えば・・・
カウンセリングを受けることで自分はそれくらい辛いのだと周囲にアピールして満足し改善しようとしないCl
カウンセリングに依存し、それ以外の時間を諦めてしまうCl

カウンセラー起因のものもある
クライエントへの苛立ちを直接ぶつけて合理化してしまう

そもそもカウンセリングが向いていない人に何人ものカウンセラーが担当してしまい毎回傷つけられてしまうというケースもある

カウンセラーは自らの失敗体験を持って多くを学ぶような援助をしていくべき。

カウンセリングは万能なものでもなければ完成されたものでもない

カウンセリングの限界の先は、カウンセリングの敗北ではなく他の援助への信頼→専門的な、オーソドックスなカウンセリングをより高度なもので価値が高いものという決めつけをする人がいるが、苦労する人を少しでも楽にするようなものは全ていいもの

カウンセリング専門家が持っている知識や技術や経験でさえ、人の心の複雑さ
、奥深さの前では極めて不十分なものでしかないということをカウンセラーはしっかりと心に銘記しておくべき




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?