短編小説:普通で当たり前な俺という存在
悩める男子高生の短編小説。約1700字。
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自分が当たり前だと思ってた常識とか価値観とか、そういう類いのものがちょっとしたきっかけで変わる経験はこれまでもなくはなかった。
自分には思いもよらない境遇の人が出てくる映画を観たり漫画を読んだりとか、こういうものの考え方する人もいるんだなーとかさ。学校教育の思惑どおりって感じで俺個人としては悔しい気もするんだけど、道徳の授業とかでそういう風に思ったこともある。俺も人の子だし。
とはいえ、こんな風に自分の根底にある基本的な何かが思いっきりひっくり返されてしまうような経験はなかった。
ちゃぶ台返しなんて言葉があるけど、まさにそんな感じ。ぐるんと足元がひっくり返って、俺が今足をついているこの床は天井ではなかろうかって気分。
……なんて真剣に悩んでいるのだと、軽音部のバンド仲間である三埜優(みの・ゆう)に相談してみた。新学期も始まったばかりの四月のことである。
「え、あの……なんていうかその、すごいね」
お前の恋バナを教えろと言ったわけじゃないのに、恋愛に不慣れな女子中学生みたいに優は顔を赤くしてそう答えた。お前は高二のDKだろうに。
そういうわけで実のある相談ができなかったので、今度は同じくバンド仲間の斑鳩岬(いかるが・みさき)に相談してみた。
「波田(はだ)先生が好き? 別にいいんじゃない? 止めやしないし」
寛容なんだか薄情なんだかわからない男前な答えに、やっぱり俺の気は何一つとして晴れなかった。むしろ女子の岬には喜々として恋バナに乗ってほしかった。
どうして俺の友人どもはこう揃いも揃ってまともに相談に乗ってくれないのか。
というような不満を、かくして俺はバンド練の休憩時間中に二人にぶつけた。防音の鏡ばりのスタジオに、俺の声は虚しく響いて一瞬で消える。
「あれ本気だったの?」
目をまたたいた岬にうなだれる。ひどい言い草だ。
「本気以外のなんだって言うんだよ」
「だって伊月(いづき)だし」
岬の言葉に、ギターの弦をいじっていた優も頷いた。
「新しい冗談かと思った」
俺は、鏡に映る俺自身、遊佐(ゆさ)伊月十七歳高校二年生の姿を観察した。
茶色がかった伸び気味の髪、カラーゴムで縛った前髪、制服のブレザーの代わりにパーカーを羽織り、学生シャツの襟ボタンは二つ開いていて、ズボンは腰で穿いている。腰には革紐のアクセサリー。なるほど。
「俺がチャラいってことか」
「よくわかってんじゃん」
ケラケラと笑う岬に思わずムッとする。
「チャラくたって悩むのは自由だろ!」
「そうだけど。——いいじゃん、好きなら好きで。どうせそう思ってんでしょ?」
「いやまぁ、それはそうかもしれないけど! 驚いたりしないわけ? 俺、こんな自分に結構ショック受けたっつーか、認めるのに時間かかったのに」
「驚きはしたけど私自身のことじゃないし。あと伊月ならありえそう」
あくまで冷静な岬から優に視線を移すと、優は言葉を探すような間のあと口を開いた。
「僕も驚いてるけど……伊月は伊月な気がするし」
俺の発言が冗談でもなんでもなかったとわかっても、結局のところ二人の反応はさして変わらず拍子抜けするしかない。
「波田先生って二十八歳だっけ? 背、高いよね」
「日本史の授業、わかりやすいよ」
「微妙に熱血だよね。担任になったら大変そう」
「保護者から評判いいみたいだよ」
「それ、若い男の教師だからおばさん受けしてるだけじゃないの?」
気がつけば俺の想い人である波田先生について二人は勝手なことを話し始めていて、会話に混ざりたい俺は思わず手を挙げた。
「波田先生は、苺ミルクのキャンディーが好きだっ」
全力で主張した俺に、岬と優は一瞬きょとんとしてからすぐに吹きだした。それにつられて俺も笑う。
自慢じゃないけど俺はわりとモテる方だし、過去に付き合ってたカノジョだって何人もいる。なのに、十歳以上も年上の教師、それも男が気になってしょうがないなんてどうしたんだって自分でも思うし、そんな自分の変化に血の気が引く思いだったのに。
こういう俺も俺なんだと二人に当たり前に認められてしまうと、なんか悩んでたのがバカみたいじゃないか。
下ろしていたエレキベースのストラップをかけ直し、両足に力を込めて地面をしかり踏みしめる。
そこは天井ではなく床だった。
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某所で書いた短篇小説のスピンオフっぽいものです。
何が普通で当たり前なのか、みたいなのって人や環境で変わってくるし、わからないよなーというようなことを思ったのを書いたらBL風味に。
BLって価値観との葛藤みたいな部分があると思うのですが、そういうのわりと好物です。
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