見出し画像

野木さん脚本に喝采を 逃げ恥新春スペシャル

野木亜紀子さんに、ずっと惚れている。

野木さんといえば、言わずと知れた人気脚本家である。
私のように、主に脚本家の名前で観る作品を選ぶ人間は、もしかしたら少数派かもしれないので、代表作を列挙しておく。

「空飛ぶ広報室」、「掟上今日子の備忘録」、「逃げるは恥だが役に立つ」、「アンナチュラル」、「MIU404」、公開中の映画「罪の声」。
中でも私のお気に入りは、オリジナル脚本であり、塚原あゆ子監督・新井順子プロデューサーと組んだ「アンナチュラル」、「MIU404」だ。

けれど今回は、恋ダンスとガッキーの可愛さでバズった「逃げ恥」のスペシャル番組の話である。内容としては、連ドラ放送時に未だ出ていなかった、コミックス11巻の内容をドラマ化したものになっている。

ちなみに連ドラ放送時、ご多分に漏れず恋ダンスを覚え、受験の真っただ中だった娘にも無理やり覚えさせ、二人で踊った動画を、友人に共有した酷い母は私である。

おさらい&あらすじ

「逃げるは恥だが役に立つ」の連ドラを観ていない人のためにざっとおさらいしておく。原作は、海野つなみさんの漫画だ。「プロの独身」津崎平匡(星野源さん)と、派遣社員森山みくり(新垣結衣さん)が、互いの生活環境を向上させるために「契約結婚」をするのだが、次第に恋愛関係となり、本当に結婚するという、書いちゃうと身も蓋もないストーリーである。

ただ、野木さんの脚本は本当に見事で、職場で「女性」であることのハンディとか、パートナーシップや年を経ることに内包される「呪い」とか、そういう「多様性の軸の中の、従来目線で言うとマイノリティ側にいる者」が感じていることをさらっと、重たくなく、話の中に入れてくるのである。もちろん、原作の海野つなみさんの漫画を踏まえて、のことなのだけれど。

2021年1月2日放送、「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!」も、そんな野木さんワールド全開だった。

あらすじは、「逃げるは恥だが役に立つ」コミックス第11巻の内容に沿ったもの(みくりの妊娠から出産を描き、二人なりに父と母になっていくことを模索していく)になっているが、ただそれをなぞるだけではないのが、野木亜紀子さんの真骨頂である

妻の妊娠、その時夫は

本当は、「夫」「妻」という書き方もしたくないのだけど、そこに当たる日本語を考え込んでしまうと、書けなくなるので、便宜上「夫」「妻」と表記する。

私にも経験があるのだけれど、陽性反応が出た妊娠検査薬を夫に見せる時って、ワクワクしてるのだ。大抵脳内には、喜びで顔じゅうくしゃくしゃにする夫の顔か、照れ臭そうに笑う夫の顔が浮かんでいるものだと思う。

そこで、「へえ〜」みたいな塩対応をされては、こっちも「アレレ?嬉しくないの?」と思ってしまう。この初心者妊婦あるあるを、みくり(新垣結衣さん)も経験することになる。

今でこそ、夫と話をしたのでその時の男性の心境も理解できるけれど、妻としては手放しで喜ぶ姿が見たいものだよね、とつい思ってしまう。

でも、パートナーってこういう「はじめて」をいくつも乗り越えて、関係を深めていくものなのかもしれない、と思うのだ。

その後も、平匡(星野源さん)は、基本的に優しい。
つわりで辛そうなみくりに気を遣い、家事と仕事とを両立する。
そもそも、少し前まではこれって、妻のほうがつわりで辛くともこなしていたことだ。少しはこのドラマで、妊娠と家事と仕事との両立は大変なことなのだと知ってもらえたら良いなと思う。

話が進むにつれて、物語は平匡視点に変わって進んでゆく。
男性の育休を取り巻く話、抱え込んで辛くても愚痴すらいえない「男なら」という「呪い」・・・。日本には「誰かの靴を履いてみる」(=エンパシー)という発想はないのだろうか?と首をかしげたくなるが、これが日本の現状だと言える。

平匡は、みくりが家政婦サービスを頼んで部屋を片付けたことで、ホッとして救われた。この脚本はやはり秀逸だ。家事と仕事の両立をしようとしているのは平匡のほうで、家族以外に助けを求めて救われるのも、負担の重い平匡だからだ。負担の軽いみくりが、「頑張りすぎなくていい。他人の手を借りよう」と具体的に動いてくれること。これこそが、今の夫婦の在り方としてまっとうなのだと思う。

私が最初の子供を妊娠中は、全部ひとりで頑張ろうとした。体調が悪い中、部屋を綺麗にして、仕事をして、夜遅く帰ってくる夫の食事を作って、片付けた。辛いから外部サービスを頼もうとしても、部屋に他人を入れたくないという夫の一言で、頑張るしかなくなる。そういう閉塞感を、妻ではなく夫が感じている流れにすることで、夫にも「妻の靴を履いてみる」体験が作品を通じてできる仕掛けになっているのだ。

作中では、しれっとLGBTQという言葉に代表される、性自認の多様性についても触れられていた。「逃げ恥」のような人気ドラマで、こういう風に性自認の多様性を扱うのは、とても良いのではないかと感じた。百合(石田ゆり子さん)の高校時代の友人(西田尚美さん)の恋人が女性だったり、沼田(古田新太さん)の恋人が梅原(成田凌さん)だったり。こういうことをオープンに話せるようになったら良いなと思う。

コロナ禍での育児・人と人とのつながり

育休中の平匡に、上司の灰原(青木崇高さん)から電話が入る。
メンバーが発熱したりして、どうにも回らないから助けてほしい、と。

新型コロナウイルスの流行で、世の中はずいぶん変わった。
集まって食事をしたり、飲み会をしたりする機会が激減した。
ウイルスへの感染を恐れ、頻繁に手を洗い、消毒をするようになった。
バーや居酒屋の経営は苦しくなり、リモート飲み会が増えた。
人とのつながりは、バーチャルでもある程度保てることが分かった。

仕事の上では、リモートワークが当たり前になるなど、良いこともあったと思っている。

子どもが生まれてすぐの、平匡とみくりにとってはどうだったろうか。
子どもをウイルスから守るためには、どうするのが最善か、必死で考えただろう。
実際、もし生まれたばかりの第一子がいて、このような状況に陥ったら、どやって子どもを守ろうか、そればかり考えるに違いない。

結果として、二人で協力して育児にあたるはずだったみくりと平匡は、別々に暮らすことを選ぶ。みくりは館山にある自分の実家へ、子どもとともに行くことになる。

里帰り出産を経験した時に私も思ったが、本当にあっという間に大きくなる子どもの成長を、一緒に見守れない期間というのはつらい。とりあえず写真を撮って送るけれども、可愛いだけではなくてつらい期間を、共有できないからだ。何時間も泣き続ける子を夜中にあやす経験も、数時間おきに起きる経験も、二人で乗り切ればパートナーとしての信頼関係が深まるのに、物理的に離れてしまっては、信頼関係を築きにくい。

離れて暮らすことは、二人で頑張ろうとしていた平匡とみくりにとって、苦渋の決断だっただろう

生きていれば、また会える。

2020年は、このセリフが本当に胸に突き刺さる年になった。

終わりに

平匡とみくりは、これからも自分たちの考えるパートナーの在り方や、子どもとの関係、子どもを通じた親同士の関係などで、悩むことが出てくるに違いない。しかし、きっとあの二人なら、何だかんだと言いながら、良い解を自分たちで見つけ出すに違いない

平匡とみくりが育てた子どもがどうなっていくのか、見てみたいものだ。
きっと、「誰かの靴を履いてみる」ことが得意な、良い子に育つに違いない。



この記事が参加している募集

テレビドラマ感想文

いただいたサポートは、わたしの好きなものたちを応援するために使わせていただきます。時に、直接ではなく好きなものたちを支える人に寄付することがあります。どうかご了承ください。