見出し画像

人生で心が震える瞬間|日記(7/26-7/28)

7月26日(金)
夏休み前最後の勤務。やることが沢山あるので、朝から集中して取り組む。今日は一日、本社の同い年の先輩が来てくれていた。午前中は黙々と仕事をこなす。セクハラの上司とは席を離れるようになってから、ほとんど会話がなくなった。たまに食べ物をくれる優しいおじさんと化している。
休み前にあまり迷惑かけるのもよくないと思い、いつもより短めに昼休みを済ませる。頭痛が酷いが今日を乗り切れば終わりだから頑張る。午後、先輩がおもむろに彼女の話をし始める。あまりにも会いたくて、昨日は新幹線で彼女の家まで泊まりに行ったらしい。事務所にはほとんど人が居なかったので、仕事をしながらポツポツとお互いのパートナーの話をする。
沢山話すうちに、話題は幼少期の話に移る。我ながらそこそこ複雑な生い立ちを辿ってきたように思っていたが、先輩はそれ以上だった。父親がおかしくなってしまって親が離婚したことも、両親が裁判したことも一緒だった。ただ先輩はとても明るい人で、私が内に篭っていたとしたら彼は外に開けていった人だった。そして偶然にも先輩の元カノと私の実父は、同じ躁鬱病だった。
「そういう人が近くにいると、この人危ないなってわかるようになりませんか?」
先輩にそう聞かれた。私はどちらかというと自分が一番危ないから、病気にならないように気をつけていた。先輩の元カノは0-100思考だったらしく、私も気をつけねばと思う。午後の数時間で、明らかに仕事をしながらするような話ではないことを共有し合った。帰る時の先輩の顔はいつもより朗らかで、少し仲良くなれたような気がする。
自宅までのバスに揺られながら、人生は不思議なものだと思う。仕事を変えて、これで良いのかなと思いながら生きてきたけど、思いもよらぬところで深い共通点のある人に出会う。そういうことがあると、どういう選択をしても運命というものに導かれているのかもしれないなと感じる。
不思議な体験をした金曜日。天ぷらを二人前買って帰り、蕎麦を茹でると夫が帰ってきた。明日から一週間の夏休み、二人で楽しみたい。

二色蕎麦とたっぷり天ぷら

7月27日(土)
休みの日だけど、早起きに成功。喉に小さな膿ができていたものの自然に取れたので、耳鼻咽喉科の予約をキャンセルする。実はこの間市立病院で9月に扁桃腺切除の手術が決まったのだ。痛みはないけどこうして膿は無限にできるから、やはり手術に踏み切って良かったと思う。人生初の8日間の入院は怖いけど、沢山夏の楽しみを作って乗り切るつもりだ。
今日は夫も早起きだったので、身支度を整えて上野に向かう。なんだかんだ初めての上野デート。まずは夫のパソコンを売りに行き、査定してもらっている間に昼食。大学生の頃よく行っていたカフェに彼を案内するも、6人待ち。暑い中他の店を探すのも大変なので、美術館のギャラリーショップで時間を潰す。思いつきで戻ると、なんと丁度呼ばれる時間だった。運が味方している。二人ともパスタを注文。夫のパスタが煮干しの風味が効いていて、実質まぜそばだった。美味しい美味しいと、喜んでくれて嬉しい。
食後は本日の目的地である東京都美術館へ。まずは「デ・キリコ展」を観に行く。

ワクワク

デ・キリコの作品をほとんど観たことがなかったが、自画像やデフォルメされた自分の過去作を度々他作品に落とし込んでおり、"自信のある人"という印象を受けた。しかしながら、戦争の影は彼の作品にも影響を与え、一見やる気のない戦闘シーンの描写からは戦争の無意味さが伺えて見入ってしまった。そうした社会状況や美術界のトレンドにも反発しながらも自己流を編み出していったデ・キリコの生涯が辿れて、とてもいい展示だった。
一休みした後は、「大地に耳をすます気配と手ざわり」を観にいく。自然をテーマに表現方法異なる五人の作家が出展しており、とても気になっていた。最初に目に飛び込んできたのは、写真家の川村喜一さんの作品。あまりにも好みの写真ばかり並んでいて、驚いた。これは私が作りたかった作品だと思った。自然は近付けば近付くほど、美しさと同じくらい恐怖を感じる。しかしその境地でしか撮ることのできない生と死がある。また、写真を撮ることと、銃を撃つことの関連性(shot)を描いた点も見事だと思った(俵万智の短歌でも同様の作品があった)。
泣きたくなるくらい心が震えた写真に出会えたのは久しぶりで、自分が美術館から足が遠のいていた時間と写真表現から離れていた日々の長さを感じた。

再利用可能な布に写真が印刷されている

学芸員を目指すときも、大学の教員を目指すときも、自分が芸術の一端すら知らない気がして辞めた。でも芸術とは、知識では語り尽くせないほど一瞬で人の心を鷲掴みにしてしまうような強い力があるものだ。鑑賞したり、時に表現者側に立ったりして、人生で心が震える瞬間を重ねていけたら。そして何より、夫も美術館に行くことを好んでくれているのが嬉しかった。これからも気になる展示を見かけたら彼と足を運びたいと思う。ギャラリーショップで図録を購入し、満足な気持ちで帰宅した。

7月28日(日)
手術の際、親族の名前を三人書かなければならず、母に連絡した。同行が必要な日は夫が来てくれることになったから連絡しないつもりでいたけど、電話をするといつでも行くよと言ってくれた。えらく心配しているようで、何度も勇気付けのLINEが来る。適度な距離感があるとちゃんと有難いなと思える。
午前中に週に一度の掃除を済ませ、家をピカピカにする。お昼には夫とまぜそばを食べ(昨日のまぜそば風パスタに感化された)、日用品の買い物。無印にはトラベル用品一式揃っているから入院前にも寄ろうと思う。帰宅後、明日からの旅行に向けてゆっくり荷造りを始める。薬や体温計も持っていくものの、荷物が少ないので二泊三日でも小さなキャリーケースに二人分収まってしまう。荷造り後はのんびり『家、ついて行ってイイですか?』の過去回を観る。好きすぎてこの番組しか観ていない。夜ご飯には、夫が冷蔵庫一掃メニューでキャベツをたっぷり使った料理を作ってくれた。

三日分の食物繊維を摂取

夜は早めにシャワーを浴びて、ベッドで横になりながら『村上RADIO』を聴いた。初めてメッセージを送るも、最後まで読まれなかった。でも村上春樹の言葉はいつだって、温かいジャズと一緒に心に深く降りてくる。蜂蜜生姜湯を飲んでから就寝。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?