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映画『恋するプリテンダー』は2020年代を代表するロマンチック・コメディになるか

割引あり

なりますので是非観てください

悪いこと言わないから。(追記)この秋円盤の発売も決定しましたし、ね?

この先、公式の予告編やあらすじと同等のネタバレを含みます。より一層のネタバレは後半にまとめます。

待てば配信で観れる時代だからこそ

正直な話、ロマコメをわざわざ映画館で観なくても……という気持ちは僕(32歳・会社員・トランスジェンダー男性)にもあった。
が、本作は映画館で観るのが正解だ。本国でもONLY IN CINEMASと銘打って長いこと映画館でしか観られなかった。その作り手たちの意志と気合が観客にも伝わる、期待値を軽々越えてくる作品だった。
監督肝いりのロケーションであるオーストラリアの広大な自然、美しくスケールのある街並み。
ロマコメのメインは男と女の駆け引きと人間関係だ。正直な話舞台はどこだって何とかなるジャンルなのだけど、それを敢えてオーストラリアのリゾートに持って、その美しさとスケールを活かした演出の数々を捻じ込んでいる。
たとえばシドニー・スウィーニー演じるヒロイン、ビーが誤って海に転落するシーンだ。そう、二人は恋にも落ちるし、海にも落ちる。落ちた一瞬はしっかりパニックムービーの文脈で撮って、そこでそれまでの本作の前半戦である「茶番」部分の底が抜けるような作りはお見事だ。
どうせ観るならスクリーンで観ないのはもったいない感じがする。

2020年代を代表するロマンチックコメディとしての『恋プリ』のポテンシャル

今日一度しか観ていないのだが、とにかく台詞が多い。もう全部喋る。鬼滅の刃の炭治郎くらいすべてを説明する。
これは原作がシェイクスピアの『空騒ぎ』であることを考えると納得ではある。しかし全員がよく喋るから「わ、こいつ説明的な台詞喋らされてるな!」がない。
そのベースを作るのが、ヒロイン・ビーとベンの出会いのシーン。映画『ホリデイ』の言葉を借りれば、この冒頭はなんとも"キュート"な出会いだが、それだけではないのだ。
冒頭のビーはトイレを借りたくてカフェに入ったら、店員に何か買わないと貸せないと言われた上にレジは長蛇の列!切羽詰まったビーがなんとか店員と交渉しようとしている様子を行列から目にしたベン。彼が気を利かせて、レジまで来た時に「彼女は俺の妻だ」と"明らかに嘘の説明"=茶番でもってビーにトイレを貸すのだ。その後トイレの中でまたハプニングが起きたビーはパニックになり、自分のことをベンにペラペラと喋り続けてしまう。この「本作はとにかく全員よく喋ります」を自然に示唆しており、それでいて気の利いた冒頭シーンには思わずおお、と感嘆してしまった。
そしてこの冒頭で作った説明台詞過多茶番劇をベースに進む前半戦から、二人が海に落ちた後の作品のトーンの変容にも思わず舌を巻いた。

また本作で驚いたのは、とにかく人物描写のコントロールが細部まで行き渡っていることだ。
昨今インターネットでよく見かける「ベッドシーンは正直不要だ」「足を引っ張るキャラが出てくることに耐えられない」などの観客側の倫理観の変遷に星五つの対応を見せているのが本作である。
一言で言ってしまえば、サービスシーンが必要最低限に収められており、その演出もかなり工夫されている。
特に女性の方が多いとされるロマコメの観客層において――と書こうとしたが、書き手の僕自身が"女性"ではないのにそのような切り口はまったくの無粋なのでやめておく。僕だって過剰に演出されたセクシーなシーンはどういう顔で観たらいいのか30歳を越えてまだ分からないし。

もっとも、ベンがハプニングで全裸になったり、ビーの服が座席に挟まってしまって脱いだりと(おそらく観客に向けた)サービスシーンが一切ないわけではない。「男が全裸だと面白い」は皆が体感で知るところだと思うが、それに肉薄する「服を脱がざるを得ない女は面白い」は正直初めて見たかもしれない。それもこれも主演女優シドニー・スウィーニーのコメディエンヌとしての才気が端々まで漲っているからと言えよう。平たく言えばこの手のハプニング描写について「エロい」と「ウケる」のギリギリのラインを狙っており、結果見事なバランスを取っている。
余談だけどシドニー・スウィーニー、女性版サイモン・ペッグの趣がある。何かに面食らって困っているときが一番可愛いし一番面白い。

また、原作となるシェイクスピアの『空騒ぎ』では悪役・嫌な奴の役回りも存在するが、本作ではそれらが誰も"嫌な奴"にはならないように綺麗に調整されている。自分の結婚式をなんとか恙なく終えたい、できれば元カレとヨリを戻したい、我が子には誠実で身元も確かな好青年と結婚してほしい、それらの気持ちは理解し得る人の方が多いだろう。誰も悪くないのだ。策略をなんとか巡らせようとする人たちも、結局は大根芝居で上手くいかないというところに愛嬌がある。(これを愛嬌に見せるのは冒頭カフェシーンのベンとビーの茶番で物語がスタートしていることによるものであると思う。)

これらは僕が説明しても大味になってしまって、観客が安心して楽しめるように作り手たちが考えに考えたであろう内容すべては正直伝わっていないと思う。是非その目で観てほしい。新しい時代のロマンティック・コメディの在り方と、イマドキで見事な翻案を。

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制作陣について

あまりにもいろいろなことが細部まで行き届いているように思えたので帰宅してから制作陣について調べてみた。
監督はウィル・グラッグ。『小悪魔は何故モテる!?』や『ステイ・フレンズ』などでロマンティック・コメディの腕はお墨付きのようだ。
僕は同監督の作品だと2014年の『ANNIE/アニー』を劇場で観ていて、こちらの翻案も見事だったのを覚えている。特にキャメロン・ディアス演じるミス・ハニガンね。尖った作風というよりは華やかだけど安心できる画作りみたいなのが得意な監督のように思える。
そして脚本は同監督とイラナ・ウォルパート共作。このイラナ・ウォルパート、なんと本作が長編劇映画脚本デビュー作だという!天才がいたものだ。是非名前を覚えておきたい。
そして、製作総指揮に名前を連ねている主演のシドニー・スウィーニー
彼女が監督から相手役の俳優から何から何まで決めて作ったのだそう。つまり我々観客は最初から最後まで彼女の"パペット"ということである。
弱冠26歳。やり手のプロデューサー兼女優の今後をこれからも見守っていきたい。

グレン・パウエルは令和の"ムービー・スター"となるか

もう一人の主人公、ベンを演じるのがグレン・パウエルである。
映画『トップガン:マーヴェリック』に出てくる嫌味なライバルの若手アヴィエイター"ハングマン"として観たことのある人が多いだろう。あるいは映画『ドリーム』の黒人女性計算手キャサリンを信じて飛んだ宇宙飛行士ジョン・グレン役など。

彼の唯一無二の武器はその笑顔である。
それも嫌味やシニカルな態度の一環としての微笑み=武装と、心の底から愛おしくてたまらない、あるいは嬉しくてたまらない、という笑顔=武装解除の使い分けが本当に上手い。TGMでも本作でもこの「笑顔の使い分け」が見事だった。
そして今日、本作を観て確信したのだが、彼の演技は僕の家の祖母の形見の24インチのテレビには収まりきらない。彼はテレビサイズでなくきちんとスクリーンサイズの芝居をする映画俳優なのだ。画面映えするとでも言ったらいいのか。
僕はかのムービー・スター、トム・クルーズに関して「魂がつんのめって身体から飛び出そうになっている人」と称しているのだけど、グレン・パウエルもその存在感、演技の指向性に「身体の外にエネルギーが滲み出ている」感じがすごくする。もともと結構デカい人なんだけど。
そして彼は自身と観客・ファンとの間の信頼を築くことにとても熱心なようにも思える。映画『ツイスターズ』は日本でも8月1日から上映だが、こちらで彼はポスプロを兼任している。既に公開されている作品でも製作総指揮、共同制作などに名を連ねている作品も有り、出演にあたっても彼が納得して、よいと思った作品を選んでいるようだ。
「この人が出ているなら観よう」という"ムービー・スター"が影を潜めて久しいなんて話が先日からSNSで飛び交っている。
私は、もし今後再び誰もが知っている"ムービー・スター"が現れるのならそれは彼、グレン・パウエルなのではないかと思っている。

というわけで映画『恋するプリテンダー』は絶賛公開中です。
お近くの映画館で上映してるよって人は是非観に行ってください。

この先の有料部分ではもともとグレン・パウエルを応援するつもりで観に行った人の初見の感想として僕が「思わず拍手してしまった某シーン」についてのネタバレ有りのお話をします。
いずれにしてもただの感想で実のある話ではないので、本当に気になる人だけどうぞ。

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