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心の仕事のアイデンティティを考える

心の仕事に就くこと

「どうしてこの仕事に就こうと思ったんですか?」とは、心の仕事に就く人が聞かれるあるあるの問いだ。
自分の場合はと言うと、生産的でいられなかったときの意味を見い出せるのが心理の道へ進むことと思ったからだった。生き方としてその道を選んだと言える。そして、意味を見出せることでそれを生業にしようと思うようになった。
心の仕事に携わることは生き方の一つと言え、心の仕事に携わる方法はいろいろあるが、当時の私は”臨床心理士”しか知らず、愚直に大学院に入って受験資格を獲得し資格試験を受けて私は臨床心理士の資格を持つようになった。

資格と職業と業務内容

志した頃の私はわかっていなかったが、資格名と職業名と業務内容は必ずしも一致しない。例えば人を育てる仕事に携わりたいと思ったとき、教師資格を持ちながら営業職に就いて新人育成を行うことでも実現できる。ただし、医療の世界ではその三つは厳格なセットだ。医師法で医業を医療系資格を持つもの以外が行うことを禁止しているから。そのため、医療を生業とするには、医師・歯科医師・看護師などの資格を持って、その資格名の肩書で働くこととなる。
それに比べて心理の世界は曖昧だ。日本の心理系資格が膨大な数存在していることがそれを物語っている。カウンセリングという言葉の意味合いは広く、○○カウンセラーという肩書はどの業界にも存在し、同じく○○セラピストという名もよく聞く。therapyは療法の意味で、心理カウンセリングで相談者のことをClientと呼ぶのに対しカウンセラー側をTherapistと呼んだりする。しかし、日本でセラピーと言うと”癒し”をイメージされやすく美容や民間療法などで多用される表現の一つとなっている。狭義の意味での心の仕事からかけ離れたものでもカウンセラーやセラピストという名がついていることがあるのだ。そして、医師法のような定めがないために、無資格(あるいは狭義の心の資格とは離れた○○カウンセラー)が心の仕事に携わっても違法ではない。専門性が画一的でない一方、融通が利きいろいろな支援者が存在してバリエーションが豊富なのが日本の心理業界の特徴と言えそうだ。

狭義の心の仕事の内容

とはいっても、だいたいの求人で必須となっている資格がある。臨床心理士・公認心理師・産業カウンセラー・精神保健福祉士等の資格だ。心理系のメジャーな資格である。それが求められる業務内容を狭義のものとしてここでは紹介したい。まずよく知られているのがカウンセリング、そして次に病院等で行われる心理検査の実施、それから研究職。専門性を高めると広めていく側となり、教授やスーパーバイズや専門職に対する研修・ワークショップなどの仕事がある。どこで働くかによって、スクールカウンセラー、相談員などと呼び名が変わるわけである。

資格と職業的アイデンティティ

ここまでいろいろと説明したけれども、心の仕事に携わることは一つの生き方で、資格はそのためのツールには違いない。
個人的に、心理系資格のなかで最もお金も時間もかかるであろう臨床心理士をとったことは結局のところ後悔していない。その手間とお金がかかるそのシステム自体に、心の仕事をするにあたって必要な要素と納得感を持てており、職業的アイデンティティと合致しているからだ。
資格はツールの一つでしかないが、社会の認識も決まりも曖昧な仕事だからこそ、どんな資格を取ったのかが職業アイデンティティを支えるものにもなっているのではと思う。

利用する人にとっての資格

それでは、利用する側から見れば、資格名はどんな意味を持つのだろうか。まだ心の仕事は誰にとっても馴染みのあるものではないから、安心感・信頼感の第一印象にはなるのではないだろうか。私は食品の産地のようなものではないかと思っている。国産であろうがそれ以外であろうが、ラベルなしで食べても違いはわからないかもしれないし、国産としての最低水準を満たし出荷されているに違いないが自分にとって満足できるかどうかは別の話だ。手に取る際に注目され、買い続けるか否かは体験して本質的に見極められていくのだろう。

働く人にとっての資格

働く立場から日本の現状を見るとき、国家資格にまつわる話は避けて通れない。臨床心理士は民間資格で、最近できた公認心理師は国家資格だ。「心理士」と「心理師」があるのがわかる。前者は公認会計士などと同じくする”士”で、後者は医師などと同じくする”師”だ。職業独占でないため”士”なのだが、公認心理師にしても名称独占というだけだ。医師の指示のもと行う心理検査などは保険適用となるが、カウンセリングは保険適用外。同じ”師”を含んでいても立場的にかなりの違いがある。アメリカやカナダなどでは博士課程まで進学しなければならないものの、医師と心理師は同等で、カウンセリングも保険適用となる。いろいろなものの狭間で自らの職業的アイデンティティを構築していくことが求められるように思う。

アイデンティティを紡ぎ続ける

志した頃の私はよく調べもせず目の前の目標に向かってただ勉学に勤しむばかりだったが、意味を見出すために今も矛盾や葛藤を抱えながらこの仕事を続けている。やり直したいとは思わない。けれども生まれ変わるとしたら同じ選択をするかはわからない。ならばいっそこの一生、死ぬまで心の仕事向き合おうと今は思っている。

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