【ダークファンタジー】 吸血鬼と月夜の旅 -第7話-

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休息:なんてことのない日

 これは、彼女らがそれぞれの目的のために続けている長い長い旅の――ちょっとしたある日のことである。

 どんな生き物でさえ、たとえ吸血鬼であっても休みなく旅を続けることは、おそらく不可能であろう。 だから、長い旅には休息がつきものだ。
 ちょうど今日――森を出て、ルクシアと出会い、例の忌まわしき薬草のはびこる村から去ったあの日から数えておよそ4日目か、エルジェベドらはもう長いこと歩き続けたので一度休もうという話をしていた。

 「思えば、ここ数日何も口にしていませんでしたね」
 「私なんか、寝てすらいないぞ。 ここら一帯は平坦な草原が続いているとはいえ、さすがにそろそろ疲れてきた」

 この三人の中ではおそらく一番の力持ちであり、体力もあると思っていたロボは、他二人のしていた格の違う会話の内容に頭がおかしくなりそうになっていた。
 片やエルフ、片や吸血鬼。 どちらも長命な種族であることは知っていたが、まさか体力までけた外れのそれであったとは、思いもしていなかったのだ。
 すでに彼の体力は、限界に達していた。 今は根性と多少の見栄で何とか彼女らについて行ってる状態である。

 「お、あのあたりなんかちょうどいいんじゃないか?」
 「確かに! 今休むとしたら、あの場所でしょうね」

 そう言いながら彼女らが指さしたのは、背の高く真横に大きく枝葉を伸ばした一本の木。 その傍らには幅の広くきれいな川も流れており、ここからのぞいてみると何匹かの魚が気持ちよさそうに泳いでいた。

 「とりあえず、明日か明後日まであそこで休憩しよう。 しっかり疲れを取らないと、今後に響いてくるからな」
 「ですね、ロボさん?」
 「……あ、バレてた?」
 「そりゃ昨日あたりから歩くペースが目に見えて落ちてたんだ。 私たちよりも疲労が溜まってることぐらいわかる」

 そのことを言われたロボは、すぐに見栄を張るのをやめ全身の力を抜いて思いっきりエルジェベドの背後からのしかかる。
 突然彼の全体重を自分の両肩に預けられたエルジェベド。 一気に想定外の重みが加わったことにより彼女は思わずバランスを崩し真後ろに転びそうになったが、 何とか体勢を保つことができた。

 「ちょ、重い……!」
 「たまにはお前を頼れって……あの時言ってくれた……」
 「こういう意味で言ったわけじゃ、くそっ……!」

 彼女は何とかロボを両肩に担いだ状態であの大木のもとまで歩いて行こうとする。 だが、ここ数日の疲労も加わった彼女の貧弱な体力ではろくに彼を持ち運ぶことなどできず、肩で息をしながら重病に一歩進むのがやっとであった。

 「わあ……お二人の歩くペースが目に見えて落ちてる……」

 なんやかんや、しばらくして、彼女らは何とか目的の場所であった大木の下へとたどり着くことができたのだった。

 近くに落ちていた木の枝や枯葉を集め、小さな焚火を作る。
 大きな川の中に入ると、川底を泳ぎ藻を食んでいる魚たちを捕まえ、先のとがった枝に突き刺し焚火で炙る。
 蔦や大きな葉などはないため簡易テントは作れなかったが、手ごろな大きさの石をいくつかここへと運んでくるとそれを椅子代わりに火のそばに並べる。
 これらは、すべてルクシアが木のもとにやってきてからあっという間に済ませてしまったことであった。

 「おお、すごいな。 私の出番すらなかったぞ」
 「命を狙われるようになってからはお二人に会うまでずっと一人で旅をしてきましたからね……こういうことにも慣れちゃいました」
 「ずいぶんとたくましくて、こっちも助かるよ」

 しばらくすると、ロボも復活した。
 日陰で数分ほど休んだ程度なのでそれほど多く体力を回復させたわけでもないようだが、さっきまでと比べるとそれなりに体を動かせるようにはなったようだ。

 「んっ……と、やっぱ体重い」
 「もう少し休んでろ。 あとちょっとで魚も焼けるらしい」
 「いや、大丈夫だ」

 そう言いながらロボも焚火のそばに寄り、三人みんなで円を描くように石の上に腰掛ける。
 気付けば、すでに空は夕暮れを示していた。 一面が橙色に染まり、うっすらと浮かぶ大小さまざまな雲も夕日に照らされ白とは言えない色をまとっている。 その光景は、見るほどに何とも変な感じがした。

 「はい、もうできましたよ。 上手に焼けたんじゃないでしょうか」

 ルクシアがこんがりといい色に焼きあがった魚を、皆に取り分けようとする。
 エルジェベドは、自分はそんなにいらないと言い、一番小さな魚を取った。 彼女が言うには、吸血鬼というのは多少の血を吸うだけでも数日は活動できるからそれほど栄養を取る意味もない、とのことらしい。
 ルクシア自身も、彼女と同じくそれほど多くはいらないと言い、その次に小さな魚を手に取る。 彼女は、自身は長命な種族なので普段の生活でもそれほど多くのエネルギーを使うこともなく、多く食べ過ぎるとかえってよくない、とのことらしい。
 そうすると、必然的に残りの魚はすべてロボに送られることとなる。
 獣人族は基本的に体が大きく成長するため、その分た種族よりも多い量の食事を摂取する必要がある。
 だから、彼が一番多く食べることになるこの状況宇は決しておかしなことではないのだが……どうも納得がいかないというか、何とも居心地の悪そうな顔で彼は二人の顔を覗いた。
 彼女らは、どうぞ好きなだけお食べと言わんほどの優しげな目でロボを見つめている。 きっと善意のつもりなのだろうが、余計に彼は居心地が悪く感じられた。
 ロボはなんとかこの空気から逃げ出そうと、強引に話題を変えた。

 「あ、そういや……さっきは急にもたれかかってすまなかったな、エル。 でもよくここまで運んでこれたな俺を……」
 「ん、別に私が運んできたわけじゃないぞ? ルクシアが魔法でここまで持ってきてくれたんだ」
 「——魔法?」
 「そうです。 この焚火も、お魚さんも、わたしの魔法で用意したものですよ。 結構頑張ったんですからね?」
 「そ、そうか……」

 何とも歯切れが悪いというか、はっきりとしないというか、微妙な表情で返事をするロボ。
 普段会話をしているときのそれとはどこか変な様子の彼が気になるエルジェベドだが、彼の顔を気付かれないようまじまじと眺めながら考えた末、ある予想が頭の中をよぎった。

 「ロボ、もしかしてお前――魔法が何か分かるか?」
 「……分からん。 今まで聞いたこともなかった」

 その答えを聞いた瞬間、二人は驚きの声を抑えられずに彼の方をふり向いた。 まさかとは思ったが、本当にこの答えが返ってくるとは――

 「本当に知らないのか!? 田舎生まれ放浪暮らしの私でさえ知ってるような、常識みたいなものだぞ?」
 「そうですよ! さすがに生まれてから一回もそういいう話を聞いたことがないのはありえないはずです!」
 「そうなのか……そういやエルと二人で森の中探索してた時、あまり力もないのによく火を起こせたなと思ったことはあったが、もしかしてあれも……?」
 「——はぁ、これはちょっと長い説明をする羽目になりそうだぞ」

 魔法のことについて何も知らないということがこの短い間で丸わかりになったロボのため、二人は今後のことも思って魔法についての説明をすることとなった――

 魔法とは、簡単に言えば「強い意志の表れ」である。
 この世の中には直接観測することはできないが、しかし確かにそこに存在するエネルギーのようなものがあるとされている。 それらはただそこにあるだけでは一切周囲に影響を及ぼすことすらないが、ある条件さえ満たせば、あたりにその力を振るうようになるという。
 その条件というのが、周囲にいるものの強い思い、硬い意志である。
 例えばある人間が、目の前に見える大きな岩を持ち上げたいと考えたとする。 するとその人間や岩、周囲の空間上にある未知のエネルギーはその思いの強さに比例した力を、その意思をかなえるために発揮する。 
 生半可な思いではそのエネルギーを動かすことはかなわず、また、それをもって大きなことを成しえたいのであればそれに応じた意志を持つことが必要である。 
 そのため、魔法の使用には多大な精神力、集中力が必要となり、誰でも使うことができるというわけにもいかないのだ――

 彼女ら二人の説明を、硬い表情のまま黙って聞いていたロボ。 その顔が何を意味するのかは分からないが、彼にとってはきちんと魔法についての説明を理解することはできたらしい。

 「難しいな。 頑張れば俺にも使えるようになったりするのかな……」
 「はじめのうちは誰だって努力する必要がありますよ。 わたしだって、必死に頑張ってやっと火を起こす魔法とモノを思いっきり押す魔法の二つが使えるようになったんですし」
 「私は、それなりに色々使えるぞ。 ルクシアと同じく火おこしの魔法と、自分の血を鉄と同じぐらいの強度にする魔法と……あといくつか」
 「そうだ! 明日は旅をお休みして、一緒に魔法の練習をするっていうのはどうですか?」

 ルクシアの提案には、二人とも同意を示した。
 ロボは自分も魔法が使えるようになりたいと考えていたところなのでちょうどいいという思いから。 エルジェベドは、自分は今更魔法の練習をする必要もないから数日は休むことができるだろうという考えから。

 「それじゃあ、明日からの予定も決まったことですし」
 「……きょうはもう、寝るか」

 いつの間にかあたりは暗くなっており、空は無数のきらめく星々で飾られていた。 静かで心地のよい風が、彼女らの頬をそっとくすぐってくる。
 ベッドは、ない。 皆は草原の上にそのまま寝ころんだ。
 細く柔らかくしなやかな草が、三人をそっと受け入れる。

 「ロボさん、ちょっとむこうを向いて寝てもらえますか?」
 「え、別にいいけど……」
 「ありがとうございます……わぁ、あったかくてもふもふの尻尾」

 思わず、喉奥から変な声が出そうになる。 ロボはそれを何とかすんでのところで抑え込むことができた。

 「さ、触りたいならちゃんと俺に言ってからにしろ……っ」
 「ごめんなさい……」
 「何やってるんだ。 さっさと寝ろ?」

 それからほんの数分ほどしたのち、皆は眠りについた。
 しんとした空間が、日が昇るまでの数時間ほどの間、彼女らを大事に守るように包み込んだ――


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