【ダークファンタジー】 吸血鬼と月夜の旅 -第8話-
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ある村に誘われて
今は空に月の輝く真夜中。
そしてここは、とある人気のない一本道。
道とは言っても、そこは別に木の柵や石畳などで整備されているわけでも、何かしら看板があってこの先が示されているわけでもない。 多くの人や馬車などがかつてここを通ったのであろう跡が残っているだけだ。
いわば、そこは獣道というものなのだろう。
そんな獣道を、エルジェベドらは歩いていた。
彼女らは皆、真下にずしっと落とした肩で息をし、その一歩一歩は重々しく、何やらうんざりしたような表情を浮かべている。
それもそのはずだろう。 彼女らはそんな状態になる理由があった。
つい数分前の話であるが——
大木の下ですっかり全身の疲れを癒した彼女らは、その後しばらく程して草原を抜け、それなりに長い道のりを歩いた末にとある村に訪れていた。
村、というよりは町と称した方が適切か、そこはロボの胸ほどに背の高いレンガ造りの壁と、何人かの槍を持った兵士によって守られていた。 壁の囲んでいる範囲からして、中もそれなりに広さはありそうだ。
一応外から中の様子も確認できるため、念のため彼女らは周りの誰にも気付かれないように警戒しながら慎重に確かめてみる。
その様子は、さして特筆すべき点もない普通の町だった。 建物も、そこに住む人らの様子も、特に何も言う点はない。 まさに普通である。
ただ一つ、エルジェベドらにとっては要注意すべき懸念点があった。
その町のいくつかの屋根の上にある、特徴的なシンボル。 五芒星の中心から、自らをやさしく包むように生えた二対の天使の羽。 それはまさに、聖エルフ教会のものである。
彼女らはそれぞれ、吸血鬼、獣人、そして危険思想持ちのエルフ族。 どれをとっても聖エルフ教会の者たちに見つかるわけにはいかない立場の者ばかりである。 ここはなんとしても、町を守る兵士に気付かれないように通り抜けなくては——
「おい、そこのお前たち。 少し話を聞いていいか?」
気付かれた。 まあ当然のことではあるのだが。
幸いにも、彼女らはあの深く暗い森の中で手に入れていた大きな革のマントで全身を覆っていたため、一目で自分たちの正体を見破られるということはなかった。 だが、兵士らはこちらに近づいてきている。 これはまずい。
「何やら怪しい様子だが……お前たち、どこから来た?」
2,3人ほどの兵士が、彼女らの目の前に現れた。
この状況から下手に逃げようとすれば、かえって相手を刺激してしまう。 ここはうまく相手をごまかして、なんとかこの場を切り抜けるしかない。
エルジェベドは一歩兵士らの前に出て、彼らの質問に答えるように会話を始めた。 わざわざ声色を変え、普段よりも低く悲しげな声で。
「私たちは……遠いところから来た。 ただの、しがない旅の者だ。」
「そうか。 ずいぶんと変わった格好をしているが、何か意味が? よければそれを外して――顔をよく見せてほしいのだが」
「それはできない。 これは、この格好は……私らが昔住んでいた村の教えなのだ。 己の愛する者のみに、本当の姿を現せという――その村は、もう滅んだ」
「……なるほど」
「私たちには帰る場所がない。 だからこうして旅をしている。 ただ……昔大切な仲間とともに暮らしていた村が忘れられない。 その教えだけは、今でも大切に守っていきたい……」
今までもこうして乗り切っていたのだろうか、彼女の演技はそうだと知っていなければつい騙されてしまうほど上手だった。
ただ一つ問題があり、この世にはたとえ演技がうまかろうがそれが通じる相手とそうでない相手の二つがある。 今回は、後者だったというわけだ。
「村の教え、か。 それは聖エルフ教会のそれよりも尊ばれると言いたいのか?」
「——今、なんと?」
「遠くから旅をといっていたが、まさか知らんとは言わせんぞ。 我々をかつて苦しみから解放してくださり、今なお幸せと平和を与えてくれている素晴らしき方たちとその教えだ」
「……」
「私たちの町に来て、今すぐにでも洗礼を受けるといい。 そうすればお前たちも――」
兵士のうち一人がそう言いだしたとほぼ同時に、エルジェベドは二人の肩を軽く二回、とんとんと叩く。 それはこの町の前に来る前に皆で決めていた、万が一の時のサイン――
直後、彼女らは全速力で逃げ出した。
唐突な出来事に不意を突かれたのか、兵士たちは数秒の間全く反応もできず固まっていた。 そして気が付いたころには、目の前にいた者らの姿はもうどこにも見えない。
エルジェベドらはできるだけ遠くへ、できるだけ速く逃げる。 決して兵士らに追いつかれないように、誰にも見つからないところまで。
そして、冒頭の状況になった、というわけだ。
「はー……ひどい目に遭いかけた」
「あのまま話聞いてたらわたしたち、確実に殺されるルートでしたね」
「エルがいてくれて助かった」
「ありがとう。 それと、役に立っただろ?例のサイン」
「肩を二回叩いたら、『今から逃げるぞ』の合図。 下手にしゃべることのできない状況で、いざというときに使う……」
「はしかにあの場面では必要だったが、よく考えたな、エルも」
三人はすっかり道端の岩に座り込んで休憩をしている最中だった。 あの時癒したはずの疲れも、すっかりぶり返していた。
皆で息を荒げる肩の力を抜きつつ談笑していたその時、ロボが何かに気が付いた。 この誰もいない獣道の向こう側から、何か一つの小さな明かりがこっちに近づいてきているのだ。
さっきの町の兵士か?と一度は思ったが、その町のある方向とは全く逆からその明かりは近づいてきている。 おそらく関係はないだろう。
さっきまで話し合っていたエルジェベドらはそれを見ると皆途端に黙り込み、その明かりと、明かりの作りだす影の動きをじっと見つめる。 それは、よたよたと少し崩れたリズムでこちらに歩いてきていた。 影をじっくりと見てみると、どうやら杖を突いた老人のようだ。
やがて明かりも間近に迫ってきて、その者が姿を明らかにした。 と、同時にむこうもこちらの存在に気が付いたのか、かすれた声で語りかけてくる。
「おお、そこにおられるのは、どちら様ですかな?」
ここも、先ほどと同じようにエルジェベドが老人の相手をすることとなった。
「これはこれは。 夜分遅くにあなたのようなご老体が一人では危険ですよ」
「なぁに、この辺の道はよく知っていますから。 ……それはそれと、誰かと思えばあなたは吸血鬼様でしたか」
大きな眼鏡の奥にある深いしわに囲まれた目で彼女をそっと見つめた老人は、そのように言った。 マントで姿を隠しているのはさっきと変わらないのだが、彼はエルジェベドの正体を簡単に見破る。
少し離れたところでその会話を聞いていた二人はそれを聞いて思わず立ち上がりそうになるが、老人とエルジェベドはそんなことも気にせず会話を続けていた。
「——で、この近くにあなたの住んでいる村が」
「ええ。 よければ吸血鬼さんと、そのお仲間さんも一緒に来ますか? 歓迎させてください」
「本当ですか。 それは……ありがとうございます」
承諾した。 彼女は、その老人からの申し出を。
本当ならもっと、警戒し怪しむべき提案であるはずなのに。
いつもの彼女らしくない、うかつにも思えるその発言に二人はいよいよ彼女の下へと駆け寄るも、当の本人はそんな二人の様子を逆に不思議に思うような顔をしながら一言、
「お前らも、来い」
とだけ言ってその老人の後について行った。 二人は、納得こそいかないもののそれに従うしかなかった。
そうしてたどり着いたのは、少し大きめの村。
広さだけで言うとさっきの町とさほど変わらないぐらいだが、時刻が夜ということもあってかあまり活気もなく、ずいぶんと寂れた様子だった。
村の者らはもう寝静まっており、今外に出ている者はエルジェベドらをここまで連れてきてくれた老人以外にはほぼいない。
まあ、夜というのは本来外を出歩くべきでない危険な時間帯なので当たり前のことではあるのだが——
エルジェベドらは、そんな村のとある小屋へ案内された。
一つの部屋のみがある、それなりに広い小屋だ。 部屋の隅までは掃除が行き届いていないものの、そこに置かれている家具はどれもしっかりとした造りのもので、ここで生活をする分には特に気にならない。
エルジェベドは暖炉の前にある大きめのソファにゆったりと全身を預け、ロボとルクシアの二人も小さなテーブルをはさんで向かい合うように置かれた木製の椅子に座り、とりあえずは形だけでもくつろぐことにした。
それからしばらくした後、あの老人はこの小屋に簡単な食事まで運んできてくれた。 大きなトレイに三つの皿に盛られた料理と、それぞれ『○○さんへ』と書かれた紙が添えられている。
普通に考えれば、どう考えても怪しい――が、ここまでくれば予想はついていたことではあるが、その料理を目の前にしたエルジェベドは何を警戒するそぶりも見せず口を付けた。
そしてここまで来て、ようやくルクシアが彼女に疑問を投げかける。
「あの、そろそろ種明かしをしていただけませんか?」
「種明かし? 何のことだ?」
「さっきから、まったくこの村やあのお年寄りの方に対して疑いの目を向けてないことです! 一つ前に立ち寄ったところとは大違いですが、何か理由はあるのですか?」
そういう問いが来ることは想定していたのか、彼女は一切の表情を変えず少しもったいぶるように話し始める。
「——まず、あの老人。 マントで全身を隠してた私のことを一目で吸血鬼だ、と見破っていただろう?」
「はあ……そうでしたけど、それが?」
「もしむこうが吸血鬼のことを敵対視していて、かつ目の前に正体を隠している吸血鬼がいるとするならば、もし気付いたところでわざわざそう確認をするだろうか?」
彼女の言いたいことは、こうだ――
もし、殺したい相手がいる者の前に当の本人が正体を隠して現れたのなら、よほどのバカでもない限りその者は相手に直接「あなたはこういうものですね」という確認をとることはない。
なぜなら、そんなことをしない方が殺せる可能性が上がるからだ。 下手に自分はお前の正体を知っていると明かせば、その相手は当然警戒を強め、誰かに殺されるような隙など与えなくなるだろう。
それに、わざわざ相手を村に誘い、小屋に泊まらせ、食事まで提供して歓迎しようものならさらに警戒心が高まるというもの。 そこまでくれば、もうその相手の命を奪うことはできなくなると考えられる。
『もし相手を殺すことが目的ならば』、そのような行動を重ねることは誰だってしない。
「——なのにあの老人は、それらをすべて踏んでいった。 となれば、導き出せる答えは」
「あの爺さんは別に、こっちを狙っていない。 ということか」
彼女は微笑みを浮かべながら、小さく頷いた。
確かに理にはかなっている、とても納得のいく理論ではある。 しかし、ルクシアはまだ微妙に引っかかる様子のようだ。
「エルジェベドさんがあのお年寄りの方を信用した理由は分かりました。 でもそれは、あくまであの方だけのことですし、結局は予想にすぎません。 本当にあの方やこの村にいるほかの皆さんがこちらを襲ってこないという理由は」
「あぁ、それもきちんとあるぞ」
「えっ」
わずかに食い込むように返されたその答えに、ルクシアは驚きとわずかな苛立ちを隠せなかった。 それがあるならなぜそっちを早くに行ってくれなかったのか、と——
「さっきまでの説明、意味なかったじゃないですか!」
「だが、それは明日の朝になってから説明した方が分かりやすいと思ってな。 それまでは今の話で納得してくれ」
と言い、エルジェベドはソファの上の横たわったままあっというまに眠りについた。
本当は今すぐにでもたたき起こして聞き出したいところだが、さすがにそうするのは彼女に悪いと思い振り上げかけた手をそっとテーブルの上に置く。
「ロボさん、どうします?」
「エルがああ言ってんだ。 きっと何かあると俺は思うが……ま、今日はもう寝よう」
そう言ってロボも近くにあった古いベッドの上に横たわった。
本当に明日になれば、何か分かるのか――という疑問を抱え込みながらも、仕方なくルクシアもロボの尻尾にくるまって眠りにつく。
吸血鬼でさえ受け入れてくれるところなど、本当にあるのかと意識がなくなるまで考えながら……
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