【ダークファンタジー】 吸血鬼と月夜の旅 -第13話-

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吸血鬼の力

 「眷属化の力は、アンタにも使えるのかどうか。 少し気になってな」

 老人からの、その質問に対し 

 「……いや」

 数十秒ほどの間を開けた後、エルジェベドは口を開いた。

 「どうだろうな。 多分使えるとは思うが、分からん」
 「どうしてじゃ?」
 「使ったことがないんだ」

 表情を大きく変えることもなく、面倒くさそうに、吐き捨てるように答える彼女。 顔には出ていないが、さっきの質問に対し彼女はあまりいい思いをしているようには感じられない。
 その心の内を直接聞くことはせず、老人は彼女に対しさらになぜ眷属化の使ったことがないのかについての質問を続ける。

 「わしからすれば、便利な力のように聞こえるんじゃがの」
 「私は面倒なことが嫌いなんだ。 それに、下手な動きをして人間どもに見つかりやすくなるような真似はしたくない」
 「なるほどのう」

 老人は、それ以上のことを聞こうとはしなかった。
 以降はただ淡々と、本来の目的である彼女の細胞の採取を行う。 ほんの一、二分程度で終わる簡単な作業だった。 二人とも、黙ってその作業を終わらせる。
 全部が終わった後、最後に老人は彼女に向けてまたいくつか聞きたいことを尋ねた。

 「では……アンタはどうして、あの者らとともに旅をしているのかね?」
 「どう、して?」

 その質問の意図、それが示すものが何か、彼女は分からなかった。
 なので返答に困り言葉を詰まらせていると、老人はさらにそれを補足するように、言葉をつなげる。

 「面倒ごとが苦手で、人間らに見つかりたくないのであれば、一人で旅をした方がいいだろうに」
 「ああ、そういうことか」

 彼女が嘘をついていないというのなら、一人旅の方が性に合っているはずなのに、それもどうして獣人やエルフと一緒に旅をしているのか。
 それに対する答えは——分からない。
 彼女でも、今そう問われて初めて、自身のその行動に疑問を持ったのだ。

 「そう言われると……どうしてなんだろうな」
 「心の問題というのは、難しいものじゃからのぉ」
 「少なくともルクシア――エルフのあの子は、勝手に私についてきているだけだ。 だからと言って突き放す気はないが」
 「では、あの獣人の方は?」
 「そっちは……大切な、友だからかな」

 老人は妙な興味を覚えたような目で、エルジェベドの方を見る。 彼女の発言が、それほどまでに珍しかったのか。
 目の前にいるのは一人しかいないというのに、不思議と恥ずかしい思いを抱きつつも彼女は話を続ける。

 「ロボは……かつてとある村で、私やほかの獣人と一緒に暮らしていた。 彼は、その村のリーダーだったんだ」
 「ほうほう」
 「私がそこに住み始めてからだいたい一年ぐらいで、その村は滅んだ。 生き残ったのは、私と彼だけだ」
 「それで、お互いに相手に対して特別な感情を抱くようになったと」
 「そんな感じだと思う。 多分あいつは、今でも私のことを森の村の一員として、守り支える対象として見ているんだと思う。 私も、そんな彼を支えたい。 私は……」

 エルジェベドはそこまで言うと、突然下を向いて顔を両手で隠した。
 その内側から、聞き取れないほどに小さな声が漏れ出る。 何を言っているのかは分からなかったが、おそらく何と言ったかは——予想が付いた。 それを深く問うことは、野暮なことなのでしなかったが。

 「——もう全部終わったか?」

 突然顔を上げ、気付けばいつも通りのテンションへと戻っていたエルジェベド。
 さっきまでの話などまるでなかったかのように、それだけを確認すると足早に元の部屋へと戻ろうとする彼女に対し、老人は小さな声を投げかけた。

 「一年ぐらい、か」
 「……長命の生き物にしては短いと思ったか?」
 「いや、その分満たされた日々だったのかと思ったんじゃ」

 ——

 元居た部屋へ戻ってきた二人の目の前には、妙な光景が映し出されていた。
 一人の男が、全身を拘束され床に転がされている。 その服装から見て、どうやら彼はクルセイダーであることは確実だろう。
 そしてその男を取り囲むようにして、三人が彼をじっと睨みつけている。

 「どうしたんだ?」
 「つい先ほど、この者が僕たちに襲い掛かってこようとしていてね」
 「こうしてひっとらえたってわけ」

 話を聞きながらも改めて捕らえられたクルセイダーの男を観察する。
 後ろ手に拘束されている両腕は普通はありえない方向にねじり曲がっており、とても痛そうだ。 エルジェベドが老人といろいろなことをやっている間に何が起こったのかは、彼の様子を見ればだいたい察しが付く。

 「そういえばルクシア、お前後ろから魔法で援護するとか言ってたはずだが」
 「ああ、それなんですが……ごめんなさい! 真っ暗で外の様子が何も見えませんでした!」
 「……まあ、結果はうまくいったからいいか」
 「それでこいつ、どうするんだ?」

 話はせっかくひっとらえたこの男をどうしようかという内容に変わった。
 万が一の事態を想定してか、男は手足に加え声も出せないように口枷までかませてあるが、それでも彼は何とかここから逃げ出そうと今も必死にもがいている。 早いうちにこれについて決めておいた方がよさそうだ。

 「まあ、この家の外にでも捨てておけばその辺にいる獣らが処分してくれるだろう」
 「それかいっそ殺すか、きちんと。 俺はこいつらには相当な恨みがあるんでな」
 「そうだな……もう少し全身の紐をきつく締めあげたら、こいつの知ってることについていろいろ聞きだせたりしないかな。 あとは何か、尖ったものとか」
 「よくそんなこと、冷静なトーンで言えますね……」

 見る見るうちに顔が真っ青になっていくその男の様子など一切気にかける様子も見せず、皆はあれはどうか、いやこれはどうかとまるでこの状況を楽しんでいるかのような雰囲気で話を進めていく。
 当然、そういうのに対する耐性のないルクシアは彼女らの様子を見て少し頬を引きつらせていたが、ふと隣を見ると神妙な顔持ちで虚空をじっと見つめている老人の姿が目に入った。 何かを考えているようだが、さっきから一切声を放っていないのがどうも気になる。

 「あ、あの……どうかしましたか?」
 「おお、別にわしはどうともしとらんよ。 ただ、少々見たいものがあってな」
 「見たいもの……と言いますと」
 「のう、アルクよ」

 その言葉に、吸血鬼の男が老人の方を振り向いた。
 ——今になってようやく、彼の名を知ることができた。

 「何か考えが」
 「せっかくじゃから、吸血鬼の眷属化の力について一度見て見たいと思ってな」
 「そういえばあなたには、一度も見せたことがありませんでしたね。 では……」

 アルクと呼ばれた吸血鬼は、足元で必死にうごめくクルセイダーの男を乱雑に担ぎ上げその首元に自身の顔をグッと、近づける。
 突然抱き抱えられたその男は何かを察したのか、一瞬で顔が青くなる。 己の身に振りかかろうとしている事態に気付いているのか、何とか逃げようと体の動きもより激しさを増すが、その程度の抵抗で彼が解放されることは当然ありえない。

 「え、えぇっと、今から何が……?」
 「見ればわかる。 いくぞ」

 下あごを無造作に鷲掴みにされ、そのままグイっと上方向に強引に持ち上げられる。
 そして露わになる、怪我はもちろん日焼け跡や汚れなどもないとてもきれいな首。 そこに、アルクは勢いよく牙を突き立てた。
 ゆっくり、ゆっくりと確実に少しずつ、彼の血液が文字通り吸い取られていく。 その顔は次第に生気のないものへとなり、全身の肌からは色が抜け落ち、抵抗する力も見る見るうちに弱まっていく。
 あと一歩、もう一息啜れば彼の息の根は完全に止まることだろう――というところで、アルクは彼の血を吸うことをやめた。 そのまま彼の体を、地面に放り投げる。

 「うわ、これ生きてんのか?」
 「どう見ても死んでます。 いや、でもどうでしょう?」
 「どっちともとれる状態にある、ということだ。 それでは、目を覚ましてもらおうか」

 何かを催促するかのように、アルクは軽く手を二回叩く。
 とても軽く、小さい音。 だがそれがきっかけとなったのか、地面に屍のように横たわっていた彼は目を覚ます。
 その様子は、さっきまで森の中で争っていた時とは大違い。 まるで主人に愛犬がむけるかのような、媚びた眼差し。 多幸感にあふれる妙に明るい表情。 そして、彼はクルセイダーだというのに、さっきからこちらに一切敵意を向けてきていない。
 これが、眷属となったものの末路だというのだろうか。

 「あー……思い出した。 どうもこうなったやつが気持ち悪く見えてしまうんだよな。 だから今まで私は使ってこなかったんだ」
 「うえぇ、確かにちょっと気持ち悪く見えますね……こうなったら、どうなるんですか?」
 「彼に眷属化を施したもののいいなりとなる。 この場合は、僕だね」

 初めて見た、眷属化した人間。
 ロボはともかくかつて親や周りからこういう恐ろしい力があると聞かされてきたルクシアでさえ、その異質極まる様子にわずかながら恐怖を覚えた。

 「わしも初めて見るが、これは……噂以上のようじゃのぅ」
 「あまりこうまじまじと見るものではないな……」
 「もう夜も遅いし、彼の望みも叶えたし、そろそろ寝よう。 おい、皆の分の寝床を用意しろ」
 「はい! 今すぐ準備いたしますね!」

 いつの間にか、さっきまであれほどひどく折られていた彼の両腕も治っているようだ。 これも眷属化による影響なのだろうか?
 ただ、そんなことは大きな問題ではないだろう。 そしてこれ以上眷属化のことについて考える必要もない。
 皆は、静かに眠りについた――

 次の日の朝。
 ここはとてもいいところではあるのだが、さすがにこの小屋にずっと住ませてもらうことは様々な点から見ても厳しいだろう。 エルジェベドら三人はここを離れ、再びどこか旅に出ることとなった。
 最後に彼らと軽く会話を交わし、三人はまたこの深い森の中を歩いでどことも知らぬ場所へと向かう。

 「あの、エルジェベドさん……」
 「どうした? そんな小声で」
 「一応聞きますけど、私たちをその、眷属にしようとか考えたりはしてないですよね?」
 「そんなことするか。 お前らは今のお前らのままでいてほしい」

 次はどこで、誰と出会うのか……
 それはまだ、分からない。


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