【ダークファンタジー】 吸血鬼と月夜の旅 -第12話-

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ある一夜の攻防

 ぼんやりと明かりの灯る小屋。 その中からは何者から複数人の話し声が聞こえる。
 何とか耳を澄ませてその声を聞くと、どうやら二、三人ほどの人がそこにいるようだった。 もしかすると、それ以上に誰かが潜んでいる可能性もあるが……
 小屋からそれなりにはなれた位置の草むらに潜みながらもその様子を確認しているその男は、いつあそこに居るはずの吸血鬼と出会ってもいいように武器を構える。

 「えぇっと……剣は、ここ。 それから銃は——」

 がちゃがちゃと、小さなもののぶつかる音が無造作にかき鳴らされる。
 彼の服についた汚れといい、少しおぼつかない様子の手際の悪さと言い、彼の実力や経験のなさがうかがえた。

 「自分一人で大丈夫って言っちゃったけど……やっぱ先輩と一緒に来た方がよかったかな……」

 ——

 一方こちらは、小屋の中。
 エルジェベドと学者の老人が棚を挟んでむこうにある部屋で何やらいろいろなことをしている間、こちらは特にやるべきこともない。
 なので、もう夜も遅いということもあり一度寝て休もう――という話だったのだが、大量の虫や動物に囲まれた異様な雰囲気の空間で寝るのはルクシアでなくとも辛い。 ということで、仕方なくみんなで夜更かしをすることにした。
 適当な茶を入れ、棚の下の方からお菓子の入った缶を取り出し、どこからともなくそれっぽいテーブルクロスを持ってくると机の上にあったものを整理……というより床に移動させ、即席ではあるがお茶会の場が作られる。

 「ありがとうございます、わざわざこんなことしていただいて」
 「気にしなくていい。 この茶も菓子も、彼との二人ではなかなか消費しきれなくて困っていたからな」
 「でもこれだけの量、どこから手に入れてんだ?」
 「……僕らのようなものを怖がらない者たちが、この近くに住んでいてな。 たまにその者らと交流したりもする」
 「そこで、ちょっとした手土産としてこれらを」
 「どうせ略奪品だろうがな」
 「ええ……」

 穏やかな内容とは言えないが、それなりに楽しく会話をする三人。
 だが、急にその話も打ち切られる。 突然ロボと吸血鬼の男が、周囲を鋭い目でにらみつけながら口を閉ざしたのだ。 まるで、この近くに自分たちを狙う何者かがいるかのように。

 「ど、どうかしたんですか?」

 二人が何をそんなに警戒しているのかが分からず、困惑する。 この違いは、エルフ族である彼女と二人との感覚器官の違いによるものだった。
 彼も以前に言っていた通り、吸血鬼は夜になるほど五感が優れる生き物。 そして、獣人族であるロボも、彼に匹敵するほどの聴覚と嗅覚を常時兼ね備えている。
 そう、彼らはその並外れた感覚神経によって、この近くに敵が迫ってきていることを感じ取っていたのだ。

 「むこうは一人だけ、それもあまりこういった行為に手慣れていない様子だ……」
 「近くに誰かが潜んでいる可能性もなさそうだな。 これならあっさりと返り討ちに遭わせられそうだ」

 そうは言いつつも、彼らが油断することはない。 万が一、外にいる者が彼らの想像以上の相手だという可能性もあるからだ。
 ここは一度二手に分かれ、それぞれが別の方向から小屋の外に出て周囲の様子を確認する。 ロボは正面の玄関から、吸血鬼の男はこの小屋の後ろにあるというもう一つの扉から、あたりに気を配りつつも慎重に外へ出る。

 外は一見すると、誰もいない。
 しかし――外に出た瞬間、ロボは今自分たちの命を狙おうとしている者の居場所を察知するとともに、その者が本当に素人であることを感じ取った。
 この小屋の様子を常に捉え続けられることのできる草むらに、誰だか知らないがその者は潜んでいる。 そのことは、臭いやかすかに聞こえる音で判断が付く上――そもそも体の一部分が見えてしまっている。 これでは姿を潜める意味もなしていない。
 薄暗くてよく判断はつかないが、こちらを狙っている者の姿を、ロボは知っていた。 少し泥にまみれてはいるが、間違いない。 白と黒の二色の、丈の長いスーツ……あの日、自分の村を襲ってきたあの大男と同じ、クルセイダーとかいうものの仲間なのだろう。
 そのことが分かった途端、彼の頭に怒りが登ってくる。 だがここは、一度落ち着かなくてはいけない。 そしてこの次に何をすべきか、どう奴を殺してやるかを考えなければ——

 突然、乾いた大きな音が数発、この夜の空間に鳴り響いた。
 ロボはその音が何から発されるものなのかを知らない。 しかし、それがこちらの命を奪うための、とても危険なものであるということだけは気付くことができた。
 獣人特有の高い身体能力、鋭い反射神経。 ロボはその音が鳴った瞬間に背後の扉を開け再び小屋へと入り、その攻撃を回避する。

 「ど、どうしたんですかさっきの音! 外に何か……!」
 「いや、分かんねえけど逃げてきた」

 小屋の中に入ると、念の為のメッセンジャーとして残しておいたルクシアがそこにいた。 彼女もさっきの音を聞いたのか、そしてその音の正体を知っているのか、相当顔色が悪い。
 さらには、別の場所から外へ出ていた吸血鬼の男も慌てた様子でここまで戻ってきた。

 「銃声が、そっちの方から聞こえたのでな。 外の様子は」
 「じゅう、せい……まあいいや。 アホが一人いた」
 「だいたい察した。 次は僕もそっちから行こう」
 「助かる。 あとルクシアもえっと、魔法で援護頼めるか?」
 「了解です!」

 三人は入り口の扉の前に近づき、それを開けずに外の様子を確かめる。
 足音は聞こえず、その代わりに何か金属音のようなものがかすかに聞き取れた。 銃に弾を詰めなおしているのだろうか。 なにしろ、愚かにもその場から一歩も動いていないだろうということは判断が付いた。

 「このドアを開けたら、僕とロボさんはまた二手に分かれて」
 「俺が真正面から行く。 吸血鬼の方が、こういう時に強いだろ」
 「なるほど、とどめは任せた……という意味だと受け取っておく」
 「わたしは後ろの方で構えてますね!」

 しばらくの話し合いの後、彼らは再び外へと出る。
 だが今度は、さっきのように丁寧に扉を開けて出るわけではない。 むしろそれを体当たりで突き破り、まるで盾として構えながら前へと駆け出していったのだ。
 少し離れた遠くの方から、戸惑いの声が聞こえる。 まさかむこうもこんなことをするとは思っていなかったのだろう。 その証拠にさっきはすぐに撃ってきていたはずの銃声も聞こえてこない。

 「最初の作戦は成功ってとこか!?」

 見事敵をひるませることに成功したロボは、扉を勢いよくその辺に投げ捨て目の前の草むらに飛び込んだ。 本当はさっきまで持っていた盾をここでも使う予定だったが、さすがにこの中では邪魔だと判断した。
 バリバリと大きな音が鳴る。 そこら中の草を切り払うかのような勢いで両腕を振り回し、ロボはクルセイダーのいる所へと全力で接近していく。
 そして、

 「いた! そこだぁっ!」
 「えっ、じゅっ、獣人!?」

 ものの数秒ほどで、見つけることができた。
 とても若い。 歳で言うとロボと同じか、それ未満といったところか。
 また体付きも大したことはなく、それに付随する精神面も、表情と声からろくに場数を踏めていないことが丸わかりだ。

 「吸血鬼がここにいるって聞いてたのに、獣人まで!? なんで――」
 「俺が知るか!」

 その勢いのままロボは腕を振り上げ奴の下へ――と行きたかったが、眼前に迫る銀色にきらめくものを見て瞬時に身をひるがえした。
 それの正体なら、ロボでも知っている。 奴はいつの間にか一本の剣を手に取り、こちらへ向けて構えていたのだ。
 表情、体勢、それに構え方と、どれをとっても恐れるには足らないものであったが、くっさっても武器は武器だ。 警戒を怠らず下手に近寄らない方がいい。
 それでも余裕そうな態度を崩さないロボと、今にも緊張で倒れそうなきっと新人のクルセイダー。 二人は互いに見合ったまま、まったく動かない。
 次はどう出るかを考えているのか、相手の動きを読もうとしているのかは分からないが——さっきまで騒がしかった周囲が、一気にしんと静まり返る。
 しかし、その静寂もそう長くは続かない。

 「——っ! はぁっ!」

 相手は丸腰、身体能力では劣っていても恐れることはない。
 そう判断し、クルセイダーの男が手に持っていた剣を思いっきり高く振り上げ目の前のロボに切りかかろうと駆け寄り――その刃が宙で止まる。

 「あ、あれ?」
 「ばーか。 上見ろ上」

 剣の刃が、彼の真上にあった太い木の枝に見事に突き刺さっている。
 何とか引き抜こうとしても、妙に力を入れすぎていたせいかその件は枝に食い込んだままびくともしない。
 それならば、銃を――そう思い奴が足元に置いていた得物へと伸ばした手が、何かの力によって無理やり留められる。 奴は、驚きと困惑の声を上げるしかなかった。
 もう片方の手も同様に、奴の両腕は自身の背後で小枝や棒を束ねて持つように無造作に、強靭な握力で固定された。 ロボと同時に外へ出た後、こっそりと別方向から接近し背後へ回り込んでいた吸血鬼の男の手によって。

 「なっ、吸血鬼! いつの間に……!」
 「君は左利きなのかな? それとも”銃は”右手で持っていたのかな?
 どちらにせよ、焦りすぎだ。 肝に銘じておくがいい」

 両腕を抑えている手に、少しづつ力がこもっていく。
 めりめり、ぎしぎしと、いくつかの骨が軋む音、クルセイダーの男の声にもならないかすれた悲鳴があたりの静けさ冷たさをより際立たせてくる。

 「まあ……そんなことしたところで、もう意味はないが」

 もう二度と聞きたくないと思えるほどに、不快な音。
 彼は男の両腕の骨をそのまま捩じり折りってしまった。
 クルセイダーの男は絶叫を上げる暇もなく、激痛から意識を失いその場へぺたん、と倒れる。 だが、まだ息の根は止まっていないようだ。

 「どうすんだコイツ。 どんな殺し方する?」
 「殺しはしない。 ただ、この者からするともっとひどい目には合ってもらう」

 そう言って吸血鬼の男は、片手でひょいと担ぐように倒れていた彼を持ち上げた。

 一方そのころ――

 「——ほい、身体チェック終わり。 もう体を起こしていいぞい」
 「分かった。 はあ……意外と疲れる」
 「次はアンタの細胞を採りたいから、ちょっとこっちへ来てくれ」

 学者の老人は一切自分のペースを崩すことなく彼のやりたいことを続けていた。
 さっきの銃声はエルジェベドにはもちろん、老人の耳にも届いているはずなのに――それほど集中して作業をしているのか、はたまた聞こえてはいるが無視を貫いているのか。

 「あの……外の様子は、気になったりとか」
 「せんのぉ。 何かあってもアイツがなんとかしてくれるじゃろ」
 「優秀な助手をお持ちで」

 皮肉のつもりで言った気は一切ないのだが、変な言葉遣いになってしまったと考えていたエルジェベドに向かって、老人は唐突に話題を切り出す。

 「ところで、エルジェベド君だったかな? 君は吸血鬼だが、”アレ”を使えるか気になってな」
 「アレ、と言うと」
 「分かっておるじゃろ、どうせ」

 軽くもったいぶるようなしぐさを見せた後、いつの間にか目の前の椅子へと移動していた彼女に対し老人は口を開く。

 「眷属化の力は、使えるかと聞きたい」


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