【ダークファンタジー】 吸血鬼と月夜の旅 -第14話-
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『正義』に生きる者
暗いもやのようなものが、視界いっぱいに広がっている。
先が見えない。 ここがどこであるかを知ろうとしても、そのもやが情報伝達を阻んでくる。 視界も、臭いも、肌の感触さえも不明瞭だ。
唯一問題なく用いることができるのは、聴覚のみ――
「朝だよ」
そうか、ここは夢の中。
だからこんなにも感覚がまともに機能していなかったのか。 そう気付いた何者かは、次第に明るく広がっていく景色に飛び込むように体を起こした。
「朝だよ起きて!」
目を開けるとそこには、一人の少女が自分の体にまたがってのしかかるように乗っかり、こちらをじっと見つめていた。
彼女はこちらをバシバシと両手で叩き、何度も大きな声をかけてくる。 もうすでにこっちは起きているというのに。
「その起こし方、前にやめろって言っただろ……」
「なーんで? 勘違いしそうになるからだっけ、レン?」
「シンプルに、うるさいからだ。 あと自力でもオレは起きられる」
「そんなこと言わずにさー、明日もまた来させてよー」
自身の体の上に乗る彼女ごと、レンと呼ばれたその男は無理やり掛け布団を投げ飛ばすように跳ね起きると大きくため息をつく。
そして他の所には目もくれず、いつもの正装を纏うために部屋の片隅のクローゼットへと向かった。
「ちょっとー。 あたしのことは無視ですか」
「何か言うべきことがあるなら早く言ってくれ。 朝はたいてい忙しいんだ」
「そうそう。 あの方が身支度を終え次第こっちに来てほしいーって」
一瞬、レンの全身がこわばった。 彼女の放ったどのワードに引っかかるところがあったのかは彼以外にはわからないが、さっきまで非常に素速く進んでいた着替えの手が止まったことは確かだ。
その様子を、そばで見ていた彼女が不思議がって観察していると子度は向こうから彼女に問いかけてくる。
「あの方というのは」
「そりゃあもう、レンさんの想像通りのあの方ですよ。 あ、ちなみにあたしも行きますよ。 というかクルセイダーの皆さん全員で来いって話だそうです」
「何か言っておきたいことでもあるのだろうか……」
「多分あんたがとり逃した吸血鬼のことについて行ってくるわけじゃないと思うよ。よかったね!」
ここは、聖鐘の地にあるクルセイダー達の本拠地。 その寮の一室。
そして今から彼らが向かうのが——
聖エルフ教会本部。
その建物の外観としては荘厳ながらもどことなく質素な味わいを見せる。 まるでここにいる彼らの教えを表しているかのような佇まいだ。
この建物内にある一室——とある大広間に、クルセイダーら一同は集められていた。 ほんの一か所、数ミリの狂いもないきちんとした整列の隊形で、彼らの前方にいる者の姿をじっと目に焼き付けていた。
そこにいる者は、他でもない聖エルフ教会第7代目教皇である、一人のエルフ族の女性。 小枝のように細い全身、それでいて若々しさと力強さを感じられる鋭い目と顔つき、身に纏う教皇としての絢爛かつしとやかな衣装。 目の前に立つだけで、その以降に押しつぶされそうなほどであった。
「まずは皆さん……今日はこのような場に集まっていただきありがとうございます」
ここにいるクルセイダーらの姿を顔を動かすことなく視線だけをさっと横に流して一瞥すると、教皇はさっそくそう口を開いた。
「今日皆さんに集まっていただいた理由は、他でもありません。 最近になって、とある勢力が力をつけているとの情報が入ったのです」
この場が、わずかにざわついた。
我々のいるこの聖エルフ教会以外にも何かしらの組織が存在していたのか、力をつけているということは我々の敵となりうる存在なのか、もしかすると、吸血鬼らのことではなかろうか……
様々な憶測が飛び交う中、教皇はそれらを制するように再び優しく張りのある声で言葉を発する。
「その者らは、自らを『愛の教団』と名乗っており、我々とはまた違った教え、道徳により民を導こうとしております。 そして、その集まりの中には、吸血鬼の姿も見られるという情報もすでに入っております」
やはり、そこに吸血鬼は関わっていた。 そのことを知り、周囲の声がわずかにだがより一層大きくなる。
「現在、その組織はまだ大きな事件を起こしたという情報は入っておりません。 しかし、問題はこれから。 向こうがどのような手段を用いてその勢力を拡大していくのかはいまだ分かっておりません」
するとここで、皆の前に一枚の絵が示された。
二人が狩りで持ち上げられた大きな紙の真ん中に描かれていたのは、いびつな形をしたハート型の紋章のようなものだ。 自分たちの今いる聖エルフ教会のものとは大きく違う、何かのシンボルのようにも見える。
「これが、先ほど申し上げた『愛の教団』のシンボルでございます。 その者らがいる建物には、これが掲げられていると。 もし皆さんが遠征先でこのシンボルを見つけた場合は、自らの判断で対処するのではなく必ず我々に報告をしてください。 その者らに対しどのような対応を行うかは、後程こちらで取り決めさせてもらいます」
教皇の話は、そこまでを述べると終わった。
皆は目の前にいる偉大なる彼女に対し、一切の狂いもない全く同じタイミングで一度だけ大きな声で礼をしたのち、列になってこの部屋から去っていった。
集会が終われば、その後の時間は自由に使うことができる。
とはいっても、それはクルセイダーの仕事というのが周囲に左右されやすい不定期なものであるからなのだが。
基本的に彼らは、誰かからの『依頼』を受けて行動する。 主に吸血鬼の目撃例や、獣人たちによる暴力、被害など。 そのような出来事や事件の解決のために現地へと向かい、だいたいは元凶となる者の拘束、その場での処刑によって解決する。
そのため依頼が来ないうちは、行ってしまえば彼らはとても暇なのだ。
こんな時皆はそれぞれ、己のしたいことをする。 パトロールも兼ねた遠くへの旅行や、皆と一緒にパーティを開いたり、または実家に帰って家業の手伝いをしたりなど……
「そしてレンは、トレーニングね。 いつも通りだ」
ここはクルセイダー本拠地のとある一室。
かなりの広さのあるこの部屋には様々なトレーニング機器や武器のモデル、人型を模した的が数体など置かれており、皆がいざというときの戦闘に備え体を鍛えるための施設となっている。
「お前はやらないのか、アルマ?」
「あたしはいいかなー。 疲れるのめんどいし」
「はぁ……もし吸血鬼に出会ったらどうするんだ。 そんな態度で本当に大丈夫なのか?」
「今まで別にこれで問題なかったし。 あと、レンほどじゃないけどあたしも結構吸血鬼殺しの実績はあるんですよー」
何とも気の抜けた受け答えで返してくる彼女の態度にもそろそろ飽きてきたと言わんばかりに、レンは手に持っていたバーベルを乱雑に台に置くとそのままどこかへ立ち去ろうとする。
「ちょっとー、どこ行くんですかー」
「どこでもいいだろ。 そしてなんでお前はついてくるんだ」
「うーん、危なっかしい子を見るとどうしても気にかけてやりたくなっちゃうもんで」
「そうか――ん? 今なんて言った?」
危なっかしい子。 この状況から、おそらくそれはレン自身に向けられた言葉だろう。
しかし彼には、その自覚がない。 誰かに指摘されるほど危険な行動をとったこともなければ、そこまで精神を病んだ覚えもまるでない。
彼は思わずその場に立ち止まり、背中に激突してきた彼女のことも気にせずその言葉の意味について考える。
そして、もう一度彼女に問いただそうとした時、向こうはそうくるとすでに読んでいたのか少しにやけたような顔をこちらに向ける。
「なんでそんなこと言われたのか分かんないって顔してるね」
「ああ、分からない……どういうつもりで言ったんだ?」
「責任感というべきかねぇ、どうもレン一人で抱え込み過ぎてる気がするんだよね」
彼女は淡々と語り続ける。
レンはそれに対し何かを言い返すこともなく、ただじっとその姿を見つめて話を聞いていた。
「この前吸血鬼を一匹取り逃してた時もなんか尋常じゃない怒り方してたし、あたしレンが休んだりみんなと楽しくやってるところ見たことないし、うーん……吸血鬼狩りにとりつかれてるって言った方がよかったかな? 何が何でも吸血鬼を倒す!って思いが強すぎてね……見てて不安になる」
「なるほど……こうやって誰かから言われてみいないと分からないこともあるものだな」
彼女の言葉に納得したのか、レンもある程度は落ち着いた表情へ戻った。
だが、帆の話を聞き終わった後、彼は彼女に対し念を押すように二つのことを述べた。
一つ目は、これから先も、自分の吸血鬼に対する態度を改めることはないということ。 確かに必死になりすぎているように見えるかもしれないが、自分にとってはこれが、吸血鬼を片っ端から討伐し世を平和に近づけることが生きがいのようなものであるから、と。
二つ目は、あの日自分の様子がおかしかったのは、厳密にいえば吸血鬼をとり逃したからではない、ということ。 問題は、『どんな』吸血鬼を逃がしてしまったかだという。
「そいつって何か特別な奴だったの?」
「いや、吸血鬼全体を通して客観的に見れば、あいつはそれほど目立った個性もないはずだ。 だが奴の――」
ちょうどその続きを言おうとした瞬間、どこか別の場所から誰かが二人に駆け寄って来た。
「レンさん! アルマさん! 伝えたいことがあるのですが……今大丈夫でしょうか?」
「あ、ああ問題ない。 そんなに急いでいるということは、何かわけがありそうだからな」
それによって彼の言葉は肝心な部分で遮られてしまったが、何やらむこうは焦っている様子だというから仕方がない。
聞きたかったことが聞けずに不満そうな顔をこちらに向けるアルマをよそに、先ほど急いでここへ来たものとレンの二人は会話を続ける。
「それで、たしか君は新人のイスト君だったね。 伝えたいことというのは?」
「それが、吸血鬼の居場所を新たに突き止めたので応援を求めたく、声をかけさせていただいたのです。 どうやら何体もの吸血鬼が集まって暮らしているようで」
「なるほど、それならすぐに準備しよう」
「あ、あたしも行きまーす」
彼らは銀色に輝く武器を手に、吸血鬼がいるという場所へと向かっていく。
結局レンの最後の言葉は聞けずじまいだったが、それもいつかわかる時が来るだろう……
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