【ダークファンタジー】 吸血鬼と月夜の旅 -第15話-

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屋敷の吸血鬼

 「確か、こっちの方向でしたよね」

 エルジェベドらが旅を続けていると、いつの間にか彼女らは森を抜け、ずいぶんと開けた場所へとやってきた。
 地面は獣道から石畳へ、道の両側にも木でできた柵が建てられており、この近くに誰かが住んでいるか、この場所をよく利用していることが感じられた……その情報だけを受け取るのであれば。
 実際には、地面の石畳は汚れがはげしいうえにところどころ苔むしており、かなりの長い間まともな手入れがされていないことが見て取れた。
 柵を見ても、塗装は色褪せるかすでにほとんど剥げ落ちていて、その大部分はぶんは朽ち果て破片となって地面に落ちてしまっている。 残るわずかな部分も、草の陰に隠れてその位置がまるで分からない。
 ということは、かつてはここも一つの道として利用されてきたのであろう。 しかし長い時がたつにつれ、この近くにいた人々はどこかへと去っていき、残された物はろくに手入れもされることなくこうしてかろうじてその影のみを残していると考えられる。

 「この先へ行っても、人間が住んでいるところにたどり着くことはなさそうだな」
 「ああ。 だが……だからこそこの先にあるのだろうな。 彼がいっっていた例の場所というのは」

 そうそれは、数日ほど前のこと――
 エルジェベドらが吸血鬼と共に暮らす学者の老人の小屋を後にしようとする直前、最後に彼らと少し話をした時のことである。

 「君たちは、これからどこに向かうのかな?」
 「具体的に定まっているわけではない。 私は、人間に襲われることのない場所ならどこでもいい」
 「わたしも同じです」
 「俺は、俺の目的を考えると二人とは逆になるのかな……クルセイダーとかいう奴らへの復讐をするために旅をしているからなぁ」

 それぞれが思い思いのことを口にしていると、吸血鬼の男は人差し指を立てるしぐさをしてある提案をした。
 それは、もしよければこの場所に行ってみてはどうか、というもの。 そこに行けば、恐らくは君たちにとって何かいいものを得ることができると言うが、果たして。

 今は、彼の案内の言葉と旅に出る前に渡してくれた地図を頼りに森の中を歩き、そして何とか抜け出したところだ。
 森を抜け、古ぼけた道をさらに先へと進んでいくとそこには壁一面が赤く塗られた大きな屋敷があるという。 今のところはそれらしき影も見えないが、他に行く当てがあるわけでもないので彼女らはこの道を進んでいった。

 「しかしそこは一体どんなところ……というより、誰が住んでいるところなんでしょうね」
 「わざわざこんなとこにでっかい建物立ててそこに住んでると考えると、大勢で暮らしてはいそうだな。 ここで一人で暮らすのはきつそうだ」
 「それか、誰にも見つかりたくない者がそこにいるか。 こんな所だ、わざわざ誰かが来ることなどそうそうないだろう」
 「あー……じゃあ、俺らみたいな訳アリとか獣人とか、吸血鬼がいるんじゃないかってことか。 それはありえるな」

 このあたりには、特にみるべき物や興味を惹かれる物もない。 そしてそれが、思ったよりも長く続いている。
 ただこの退屈な道をまっすぐ進んでいるだけというのもとても暇なものなので、彼女らは自然と会話の回数も多くなる。 その内容はもちろん、この先にあるという屋敷についてのことだ。
 吸血鬼の男は、そこがどれほどの大きさで、誰が、何人ほど暮らしているかなど、そういった具体的なことは何一つ教えてはくれなかった。 実際に行ってみるまでのお楽しみということらしい。 まあ、正直に言ってその楽しみはいらないというのが本音だが……

 などと話しつつも歩いていると、ようやくそれらしきものを遠くの方に見ることができた。 あれは間違いなく、屋敷――というよりは大きな洋館がそこにはあった。
 その姿は、話の通り壁一面が驚くほどに赤い。 例えるならば、ついさっき大量の鮮血を頭から浴びたかのような、何とも毒々しく生々しい色合いだ。
 実際に間近まで寄って見てみると、それは想像よりもずっと大きく感じられた。 20人ぐらいなら、この中でも余裕で暮らせそうなほどだが、実際にはなかの様子はどんなものなのか。

 「誰から入る?」
 「わたしは……怖いですね。 ちょっとパスで」
 「俺が行ってもいいが、この先に何がいるかも分からないとなると確かに不安になってくるな……」
 「だったら、私が行こうかな。 私ならこの先にいるのが吸血鬼だったとしても大丈夫だ」
 「というかそもそも勝手に入っちゃって大丈夫なのかという問題も——」
 「その時はここ教えてくれたあいつに文句言ってくれって言えばいいだろ」

 なんやかんやの話し合いの末、やはりここはエルジェベドが先頭を切ることとなった。 万が一のことがあっても、この中で一番経験豊富な彼女ならばどうにかしてくれるだろうという考えのもとである。

 中に誰かがいることは間違いないであろうことから念のため2、3回ほどノックをし、体の右脇を張り付けるようにそっと扉のすぐそばに近寄り……ゆっくりと慎重にそれを開き、中へと入っていく。 エルジェベドから一人ずつ、順番に。
 辺鄙なところに立つ赤き洋館、その中にいたのは——

 「おお、来客か! どこから来たのかは知らんが、よくぞここまで訪れてくれた!」

 案の定というか、吸血鬼だった。
 しかし、それも一人や二人どころではない。 ざっと見渡す限りでも総勢数十人ほどの吸血鬼たちとその眷属らが、まるでパーティでも開いているかのように大騒ぎをしていた。
 そのうちの一人――背丈はエルジェベドの3分の2ぐらいか、少々小柄な少女の見た目をした吸血鬼が、先ほどの歓迎の言葉を投げかけてきた。

 「おぬしが言わずとも、その雰囲気で分かる。 おぬしはずばり……吸血鬼であろう?」
 「ああ。 というかそれは見た目で誰でもわかると思うが」
 「冗談みたいなものだ。 まあこんな入り口で話すのもなんだ、連れと共にもっと奥へはいるが——待てよ?」

 まだ互いに名も名乗ってはいないが、目の前の彼女はエルジェベドを見て何かに気が付いた様子だ。 両目を大きく見開き、エルジェベドの周りを蝙蝠のような翼で飛び回ってその姿を隅から隅まで観察しする。
 そうして十数秒ほどたった後に一つの結論にたどり着いたのか、彼女の表情は一気に明るいものへと変わった。

 「どこかで見たような顔だと思っていたが……やっと気づいたぞ! おぬしのは、放浪の吸血鬼エルジェベドであろう!」

 見事、名前を言い当てられたエルジェベド。
 しかし自分はそれほど名の知れたものでもないのにどうして彼女は自分のことが分かったのか、彼女がそれに気付いてうれしそうにしている理由は何なのか、全く分からない。 
 この中にいるほかの吸血鬼もなにやらエルジェベドの顔を見て途端にざわつき始めたが、その理由も彼女にとっては分からなかった。

 「エルジェベドさん、そんなに有名だったんですか?」
 「相当な人気者じゃないとここまで騒がれないぞ」

 後ろの方からもその様子が気になったのか、二人も話しかけてくる。

 「いや、私にも分からん。 なぜ皆がここまで私を見て盛り上がれるのか――」
 「まあ、おぬしが知らんのも無理はないだろう……せっかくだ、説明してやろう」

 さっきまで目の前にいた彼女は大きく羽を広げるとバク宙をするように後ろへと飛んだ勢いでそのまま真上へ舞い上がり、ちょうど入口の扉の前――吹き抜けを越えて二階の手すりの上に立ち、そして語りだす。

 「我々吸血鬼というのは、生まれながらにして世のすべての者らから嫌われ、その命を狙われる存在……現にこの我カーミラも、ここに集まった大勢の吸血鬼も皆一度は人間どもに殺されかけた者たちばかり。
 中には抵抗もむなしくその命を無惨に散らす者もいた。 我も、幾度となくそのような吸血鬼らに出会ってきた……。
 だがエルジェベド、おぬしは我々とは違う。 人間に襲われ、生命の危機に瀕した回数も、そしてその窮地から脱した回数も我らとは比べ物にならん。 不幸な運命に抗い、この世の各地を転々とし、そして今なおこうして生きている……その悪運や才能で片づけることもできない生き延びる力は、風を伝っていつの間にか多くの吸血鬼に知れ渡ったというわけよ」
 「なるほど……だいたいは理解した」

 とはいっても、適当に聞き流していただけでほとんど理解はしていない。 要はエルジェベドの人間らから逃げる能力がどういうわけか多くの吸血鬼たちに知れ渡った結果このようなことになっているのだろう、と彼女は頭の中でまとめた。 正直に言って、本人からすればどうでもいいことではあるのだが。

 いつの間にかロボとルクシアもこの建物の中に入っていた。
 獣人であるロボはまだいいとして、エルジェベドの連れてきた者の中にエルフ族の者がいる、それも自身に抗えないように眷属化もしていない状態で――そのことにまたもや周囲はざわついた。

 「ずいぶんと変わったお仲間さんだな。 おぬしらはどうしてこの者と行動を共にする?」

 先ほどカーミラと名乗った彼女は、再びエルジェベドらのもとに接近するとそう問い詰めるように言葉を投げかける。
 ここでうそをつく必要もメリットもない。 二人は正直に自分のことについて明かした。 ロボは人間らへの復讐のため、彼女を守るためにともに旅をしている、ルクシアは危険な思想を抱いたがためにその命を狙われており、人るでは心細いが人間には頼れないため吸血鬼である彼女について行っていると。
 それを聞いた彼女は少し納得した様子で、エルジェベドらから離れていく。

 「なるほどなるほど。 まあエルジェベドの連れている者らだ、そこまでわれらにとって危険な存在でもないだろうし……二人とも好都合だ」
 「好都合?」
 「ああ、そうだ」

 カーミラは悪戯っぽい怪しげな笑みを浮かべると、軽く右腕を上にあげこの場に吸血鬼の皆を招集する。 そして、こう宣言する。
 今より再び、我らの計画を発表すると——

 「我ら吸血鬼一同はここにその力を合わせ……聖鍾の地を侵略する」

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