#3 転機【いなかったはずのあなたへ】
前夜
あの事件が起こる前の夜は、連日の猛暑が嘘のような、
すっと涼しい夜だった。
私は、ベッドに寝転がり、音楽を聴いていた。
「結佳の音楽の趣味ってメンヘラだよね」
中学の時、友達にそう言われたことがある。
昔から希望に満ち溢れた、アップテンポの曲は苦手だ。
無理して明るくして、現実逃避しているような気持ちになる。
そんなことを色々考えているうちに、
気づいたら眠りについていた。
物置蔵
朝日で目が覚めたと思う。
カーテンが開けっ放しだった。
少しぼーっとしてから、いつもの通り母屋に向かうため別館を出た。
かかとをつぶした靴を引っ掛け、砂利を歩いていた。
ふと、何かが聞こえた気がした。
左手の物置蔵の方を見た。あそこから聞こえたような。でも何も見えない。
3秒ほど止まって耳を澄ましたが、何も変化はなかった。
気を取り直して母屋の鍵を開け、入る。
キッチンで朝食の用意をしていたら、
気のせいではない、決定的な音が聞こえた。
「ガラガラガラッ」
あれは物置蔵を開ける音だ。
両親か?いや、昨日から旅行に行っているはずだ。
泥棒か。手が汗ばんできた。
自分の心臓の音が耳にまで届く。
いや、本当にうちの敷地内の音だったか。
自信がなくなり、窓から様子をうかがうことにした。
2階からなら物置蔵も見える。
できるだけ足音を立てないように階段を上がった。
膝立ちで、カーテンの隙間から目だけ覗かす。
開いている。物置蔵の扉が、1メートルほど。
私の息がさらに浅くなった。
スマホをポケットから取り出し、
110番を押そうか画面を見つめたその時、
扉の隙間から、女の子が出てきた。
「えっ」
思わず声が漏れた。
15歳くらいだろうか、たまご色のブラウスと、
チェック柄の赤いスカートを身に着けて、
眩しそうに顔をしかめ、不安そうにあたりを見渡していた。
その女の子の綺麗な身なりに安心した自分がいた。
迷い込んだのか、いたずらか。
分からないけれど、私有地内であることを
知らせてあげないといけないと思った。
窓を開け、ベランダに出て、手すりから顔をのぞかせた。
「ここ、私有地ですよ」
私が声を放つと、
女の子はこちらを見上げた。