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【短編】ジェリービーンズ・ゴースト

最近よく奇妙な夢を見る。
飲んでいる薬のせいだろうか。
それはあまりに詳細で明確だから、時々現実がどれか分からなくなりそうになる。

でも現実には夢と違うところが一つある。
それは連続性があるということだ。まるで続き物のドラマのように。

そこで気づいた。
逆に言えば夢は基本的に一話完結なのだから、
見た夢を短編小説にしてみたら面白いのではないかと。

これから書くのは、4月末に私が見た夢の話だ。

***

気づいたら私は死んでいた。

経緯はよく覚えていない。たしか自転車を漕いでいたら、大通りに出た時に車にぶつかり、跳ね飛ばされて頭を打ったような気がする。そこで意識を失って終わり。あっけなかった。

まだやりたいことが沢山あったのになあ。
生きていた間は「早く死にたい」と思う時も何度もあったのに、いざ死んでみると心残りばかりだ。

待てよ、、なぜ死んだのに、こうして私は考えることができているんだろう。「我思う故に我あり」というデカルトの言葉がちらつく。私はどうやら今も存在しているらしい。


体を見ると透けている。どうやら今の私は幽霊と呼ばれる存在のようだ。
目の前の机の上にはなぜかジェリービーンズの入った瓶がある。

一つつまんで食べると、これから何をすればいいのかを書いた紙のメモが現れた。魔法なのだろうか、どこからともなく現れたのだ。メモに従えば成仏できる。そしてそれは急がなければならない。直感的にそれが分かった。

一つ目の指示は、身近な人達に挨拶せよというものだった。
実家へ出向くと母親がいた。母親は私の姿が見えるようで会話もでき、半分ほど透けた私を前に「ちゃんと成仏できるかしら」と心配し、てきぱきと挨拶回りの段取りを組んだ。交通手段には自転車を提案してくれた。

死の直後なのに感動の再会とはならず、そんな普通に親戚の集まりに出向かせるような感じでいいのか。自転車で死んだのにまた乗らせるのか。そもそも、幽霊にも交通手段が必要なのか。

色々と突っ込みたい気持ちはあったが、ドライで責任感の強い母親らしいなと妙に納得してもいたので、何も言わなかった。元々私は親に従順なほうだ。



挨拶回りが終わり、二つ目のビーンズを食べた。指示の内容は、行きたかった場所に行け、である。行きたかった場所。少し考えて、思いついた美術館を選んだ。

美術館は白を基調としたシンプルな建物で、モダンアート作品を落ち着いて鑑賞することができた。浅く綺麗な水をたたえた池のある中庭を歩きながら私は、やはり芸術は本質に近い、そして美術館は天国に近い、などと思いながら一人満足げに頷いていた。変わった人だと思われるかもしれないが、私は昔からそういう気質の人間だ。いや、というか今は幽霊だ。


さてと。最後だと少し身構えつつ、三つ目のビーンズを口にする。メモによる指示は、生まれ変わりのための筆記試験と面接を受けよという事務的なものだ。
メモを読み終わるやいなや、どこからかスーツ姿の若い女性が現れた。事前準備だと言って説明を始める。何なんだこれは。まるで就職活動みたいだ。

「筆記試験の勉強をしておいてくださいね」と女性が言い、私にテキストを渡す。私の苦手な数学や科学のような内容だ。これが生まれ変わりとどう関係があるのだろう。そう思っていると、時空が歪んでいるのかすぐに試験会場に着いてしまった。準備する時間などないじゃないか。

ええい、どうにでもなれ、と問題を解く。意外に解けた。幽霊になると能力が拡張されるのかもしれない。試験会場には他にも幽霊たちがいたが、皆早めに解き終わって暇そうにしていた。

次に呼ばれた面接では「来世は何になりたいですか」と聞かれた。これについては生前何か考えておいた気がする。ああそうか、と思い出して言った。「森の中に住む小鳥になりたいです。それが無理ならお花でもいいです」面接官の女性は深く頷いた。今は何も言えませんが、なるべく意向に配慮します、とでも言いたげだった。


面接が終わった。ビーンズは無くなり、ミッションも全て終えた。目を閉じれば成仏できるらしい。これで今生ともお別れか。そう思うと自然と涙が零れた。

良い人生だった。特に最後の三つのビーンズとミッションは、心残りをなくしてくれる貴重な機会だったな、と振り返る。色々突っ込みどころはあるが、それでも感謝してもしきれない。

来世への不安は無いわけではないが、考えても仕方がない。
希望を持って飛び込もうと覚悟を決めた。

ありがとう。また来世でよろしく―。

世界に向かって呟き、眠りにつくように目を閉じた。

***


ジリリリリ。目覚ましの音が耳を貫いた。

「うわあ!うるさいってば」
飛び起きると自分は小鳥にも花にもなっていなかった。人間だ。透けてもいない。

「なんだ、夢か。よかった」

ベッドから降り、キッチンに向かう。

見覚えのないジェリービーンズの瓶があった。中身は50個くらい入っており、ご丁寧に横には詰め替え用の袋まである。

「はてな、こんなの買ったっけ…」
首をかしげる。一つ食べてみたが、何も変化はなかった。
買ったことを忘れていただけかもしれない。

今度、バケットリストと呼ばれている、死ぬまでにやりたいことリストを作ろうと思った。
私のはジェリービーンズリストと名付けよう。

なぜかって?もちろんあの夢にちなんでだ。
少し生きていくのが楽しみになった気がする。

朝の明るい陽射しに向かって、大きく欠伸をした。

Fin.


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