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東京にも、語るべき思い出ができた


スカイツリー開業前夜の、あの高揚感を覚えているだろうか。

わたしたちは浅草にいて、三社祭りの見学客及びそれを知らずに集まった観光客でごった返す仲店通りを歩いていた。


5月晴れの空をふと振り返って、同時に「あっ」と声を漏らす。ビルの隙間から聳え立つ銀色の塔。
「スカイツリー!」
当時まだ最新だったスマートフォンを取り出して調べる。
「再来週開業だって」「ほんとに直前だ」

祭りのざわめきのさなか、東京が新しくなってゆくその渦巻きを感じて、わたしたちは目を輝かせた。



最終巻が話題になっていた「A子さんの恋人」を読んでいる。

スカイツリー開業以前の描写が出てきて、そういえばそんな時代もあったと思い出す。


スカイツリーができる前のこととか、東急線渋谷駅がまだ地上にあった頃のこととか、ふとした瞬間に思い出して、懐かしくなる。

東京に住んで10年くらいになるけど、それなりにわたしにも懐かしいと感じる風景の記憶ができたのだ。


東京の街はばんばん変わってゆくから、もうないものを思い出して感傷に浸るということが、いくらでもできるんだな(それに比べて故郷は、いつまでもそこにあって、少しずつ古くなっていく感じがある)。


かつて姉と暮らした駒込の家も、そういうものの一つに入った。古いけどかわいい部屋がなくなっちゃって寂しいけど、今のちょっと変な家も、恋人との暮らしも、だんだん愛着が湧いてきた。


もう戻れないことって寂しいけど、代わりに巡り会えるものもあるから、思い出は思い出として大事にして、胸の内であっためながら歩いてゆくのね〜〜と納得したりしている。


A子さんの恋人、6巻まできて切なすぎてもうだめかもしれない。

引っ越しの際に、舞台である阿佐谷とか荻窪のあたりもアクセス的に良くて検討したんだけど、この辺ってアートを生業としている人たちが住むところで、この辺に住む人は「中央線沿線」が好きで住んでるんだよねきっと…っていうイメージがあってやめました。偏見か?


そういえば上野で電車を降りて、東京藝大や谷根千のあたりを歩いて帰ったな…あの辺も良いんだよ…とか、わたしの思い出話が長くなりそうなので今日はこのへんで。


谷根千だとHAGISOが好きです。おしまい。


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