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【SS】淡く咲いて、そっと囁く


どうやら、見えるようになってしまったらしい。


親戚一同が集まる祖父母の家で

その少女は、私のお父さんをじーと見つめていた。

しかしお父さんは、その少女に見向きもしない。

だって、見えないのだ。


お父さんは、お母さんの弟と楽しそうに話をしている。

久しぶりの再会で積もる話もあるのだろう、二人共お酒が進んで顔が真っ赤だ。

喪服を着ているから尚更、真っ赤な顔が余計に赤く見える。

叔父さんは、そんなにお酒が強いわけじゃないのに大丈夫だろうか…

そんな心配をしていた所だった。


私は、少女を見つけた瞬間、視線をゆっくりと下におろした。

早る心臓を落ち着かせようと深呼吸をする。


実は、見える家系だときいたのは昨年の同時期だった。

あの日もこうして家の居間にみんなで集まって、わいわいお酒を飲んでいた。

祖父のそんなカミングアウトをきいて私は「まぁ見えてもいいかな」と思った。

自分は、冷静な性格だと自負していたので、見えてもビビらない自信があったのだ。

しかし実際見えてみると・・・全然ビビった。

ビビり散らかした。


私は、ゆっくり立ち上がり、抜き足差し足で、居間の出口へと向かった。

とりあえず、今は幽霊少女から逃げる事を先決する。

「あさちゃんキレイになったわねぇ〜」

すれ違った叔母さんにそう声をかけられて、私はぶきっちょに微笑んだ。

その時、僅かに上げた視線の先に少女いた。

少女は、首をぐるりと曲げて、こちらを見ていた。

私は、喉の奥で、ひっ!と小さく悲鳴を上げて、急いで居間の襖を開け、廊下に出た。

廊下に出ると、長い縁側が続いていて、縁側からはこの家自慢の庭に降りることができるようになっている。

今は、その庭から夏の日差しが燦々と照っていて、幽霊なんてものとは縁がない雰囲気が漂っていた。


「あなた、叔父さんが好きなのね。」

「!?」


背後から声をかけられて、私は反射的に後ろを振り返る。

そこには、居間にいたはずの少女が立っていた。


「好きなんでしょ?」

「・・・。」


もう誤魔化せない程にバッチリと目が合ってしまって、私はゴクリと唾を飲み込んだ。


「す…好きじゃないよ。」

「好きなら早く好きって言っちゃいなさいよ」

「言えないよ!叔父さんなんだよ?」


あっさり好きと認めてしまった私であった…。


「それがそんなに重要なこと?
 誰かを好きになる事の方がよっぽど大切な事だと思うけどね。」

「…そうかな。」

「そうよ。
 人生はとっても短いわ、恋なんてそう何度も出来るもんでもないんだから。
 私が言うと説得力があるでしょ?」


えへんと胸を張る少女。

私は複雑な気持ちではあったが、まぁ確かに説得力はあるなと思った。


少女はふと、庭にある朝顔に目を向けた。

この庭には沢山の朝顔が植えられていて、明朝になるとそれらが一斉に花開く。

今は、夏の暑さに茹だって、花びらには皺が寄り、花弁は浅く閉じていた。


「朝顔の花言葉って知ってる?」

「”溢れる喜び” ”短い愛” ”固い絆”…とか」

「詳しいのね。」

少女が目を丸くする。

「だって…。」


それ以上は言わなかった。

少女は少しだけ微笑んで、また視線を朝顔に向ける。


「私、子供ができたら朝顔に因んだ名前にしようってずっと決めてたの。」

「・・・。」

「”短い間だったけど、あなたに会えてすごく嬉しかったわって”伝えたくて」


私は、息を飲んだ。

恐らくそうであろうと思っていた事が確信に変わった。


「伝わったかな。この愛」

少女がまた、私を見て優しく微笑んだ。


「・・・お母さんっ」


一つ瞬きをした瞬間だった。

少女の姿は忽然と消えていた。

気がつけば私は、縁側に1人立ちすくんでいた。


「朝奈(あさな)」


名前を呼ばれて、振り返る。

そこにお父さんがいた。


「何してるんだ?」

「お母さんが…」

「…いたのか?」

私はコクンと頷いた。

「何か言ってたか?」

「…人生は短いから、早く好きって言いなさいって」

「なんだそりゃ。」

はは、とお父さんが笑う。

「お母さん、小さい頃の姿だったの…10歳ぐらいの女の子だった。」

「・・・。」

「お父さんとお母さんが出会ったのってそのぐらいの歳の時でしょ?」

「…ああ。」

「多分…私じゃなくてお父さんに会いたかったんじゃないかなぁ」


言っているうちに涙がこぼれた。

お父さんの後ろに立っていた少女の、あの真剣な眼差しを思い返す。

何かを伝えたくて、伝えられない…そんな様子だったように思えた。

お父さんは、私の頭を優しくなでた。


「どうだろうな…でも、もういないんだろ?」

「…うん。」

「じゃぁもう気が済んだんだろうよ。」


そう言ってお父さんは、居間に向かって歩き出す。

私は涙を拭いながら父に付いて歩いた。


「朝奈。朝顔の花言葉を知ってるか?」

お母さんと同じ事をきかれて、思わずドキリとする。

「”淡い恋” だ。」

お父さんは振り返ってニヤリと笑った。

「初恋が叔父さんだなんて甘酸っぱいね。」

「・・・な!!?」

私は顔を真っ赤にして、また歩き出した父の背中を睨む。

そんなにわかりやすかったんだろうか…。


ふと、庭にある朝顔に目が奪われた。

一部、屋根の日陰の下になった朝顔が、いつの間にか花を開いていた。

淡い色を花弁に広げて咲き誇っている。

それは、先程お母さん見つめていた朝顔だった。


お父さんに続いて居間に入ると、先程と同じ席で叔父さんがまだお酒を飲んでいた。

お父さんの後ろにいた私に気がつくと、優しく微笑んでくれた。

「朝奈ちゃん」

それはお母さんによく似た笑顔だった。


意を決した私は、大きく息を吸う。

「叔父さん…あのね。」



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