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人生のモード選択をしてください。

「人生ハードモードすぎじゃない?ww」

先日の飲み会で言われてハッとした。
私はハードモードで生きてるらしい。

人生ハードモードとは
どんなに自分が好きな人でも、
どんなに信頼関係にある友達でも、
どんなに一緒に過ごしてきた仲間でも、

何か一つでもベストではない言動を取ってしまった時に
鬼の形相で罵倒し、落胆し、離れていくという

ハードな前提を自分で作っている状態のこと。

ゲームだとしたら
街の人たちがみんなめちゃくちゃストイックで
道を聞けば自分で探せよ話しかけるな言われ、
レベルを見てお前そんなもんなのか?と問われ、
ミスを指摘し直すまで宿にも泊めてくれなくて
話しかけるたびに馬鹿にされたり、けなされたり、
というような具合。

そんな街ハードモードすぎる。

でも、自分からハードモードに設定して生きてきた可能性あるなと
大好きな友達にさえ明日から無視されないとも限らない、と
考えてる自分に気づいて思った。

人を信頼できるできないの前に、
モード設定をハードにしすぎてない?


人生ハードモードで生きるのは
自分を追い立ててスキルアップする時はいいかもしれない。
個人的にはハードモード設定によって得ることができた
技術や経験も確実にあると思ってる。

でも、人とコミュニケーションをする上では
感謝や愛を受け取れなくなっていたり、
相手の信頼を自分から破り捨てるようなこともあってしまうから、
ちゃんとハードすぎる設定は危ない。


現実は思ってるよりイージーモード
「周りはそんなに君のことみてないよw」
と過去に散々言われてきたし、実際自分も言ってきた。

街の人は話しかけたら道を教えてくれるし、
仲間にだってなってくれるし、
ちょっとしたミスも人間だしあるよねーと思える。

自分だって、大切な誰かにとっての
イージーモードな住民であってほしいと思ってるのに

人間ややこしいね。

人生のモードは自分で設定できる。

都合がいいことに、モード設定は外から見えない。

誰もモード設定を下げたからって
怠惰だなんて怒らないし、
せめて安心できそうな人の前では
ちょっとだけイージーモードにしてみてもさ、
いいのかもしれないって思ったよ。

おしまい