桜ノ本棚

物語を語れるようになりたい私の小さな本棚

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マガジン

  • すゞめ

    大正は四十七年で終わり、昭咊《しょうわ》になって随分経った頃。コギノ エダさんと私、オオタ メルはお友達でした。 大戦がなかった架空の日本のある港町で、夢を描いた少女の物語。 小説/ファンタジー/児童文学/女性/よろしかったら、フォロー・スキお願いします。 #児童文学 #小説 #文学

最近の記事

じいちゃんがボケたらしい。

じいちゃんがボケたらしい。 ――ご近所さんから連絡があってね。おじいちゃんの様子が、最近おかしいらしいの。朝夕のお散歩で、誰もいない空に向かって、何か話していたり、急に口髭を剃ったかと思えば、次の日にはあの顎髭にリボンを結んでいたのだって!  近所の子供も怖がる厳しいじいちゃんの、仙人みたいな長い髭に、可愛らしくリボンが結ばれているところを想像して、いいんじゃないのと言うと、母は声を尖らせた。 ――良くないわよ。おじいちゃんが散歩に行きっきりになって、どこかの道端でのた

    • すゞめ-9

       私は子供を三人産みました。十年近く、おしめを変える日々が続き、手も目も離せない慌ただしい時期を過ごしました。上の子が小学校へ上がり、末っ子もおしめが取れて一息ついた頃から、私は週に一、二度、町の小さな裁縫工場に、事務のお仕事をしに通うようになりました。子供に田畑にと、忙しくしていた私に、少し家から離れた仕事でもしてはどうかと、夫が勧めてくれたのです。 この仕事は、私が初めて、ブラウスとスカートを着て、机で行う仕事でした。工場の女性たちは、村に残った女たちとは違い、町の気風

      • すゞめ-8

        高等学校を四年で卒業し、数年ののち、私はハラデ君と結婚いたしました。 エダさんがいなくなった学校で、私は勉強を続けることができなくなったのです。私が家を継ぎこの村に残る、と決めたとき、私はエダさんの目がないことが、これほど楽だったのだと気がつかずには、おれませんでした。 私はエダさんが大好きで、その強さに憧れ、彼女の言う女性像に近づいてみたいとのぞみ、そして努力しました。けれど、いつからか、私は自分の中にエダさんほどの情熱がないことに、気がついていました。私は雀だったので

        • すゞめ-7

           村を出る前日、春休みのある日、エダさんは、田圃に入り床土作りを手伝っていた私の所へやって来ました。 「毎年、やっていらっしゃるけれど、床土作りとはなんですの?」 「田に肥料や燻炭を混ぜ込んで、稲のために土を育てるのです。」 「そうですか。」と、エダさんは土の均された田圃を見渡しました。 エダさんは、これまで田畑の仕事を手伝ってはいませんでした。コギノのお家が、エダさんに手伝わせないようにしていたのです。  白い丸襟のブラウスに、紺袴のエダさんの隣で、私は泥だらけの

        じいちゃんがボケたらしい。

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        • すゞめ
          9本

        記事

          すゞめ-6

           その年の暮れ、エダさんは一つ飛び級となりました。前期を一年で終了し、後期に上がられたのです。最高学年で首席だった者は、試験免除で大学へ推薦されます。学力優秀で飛び級になった生徒は、一つ上の学年でも一番にならねばなりません。けれど、教員室に呼び出されたエダさんは、飛び級を即答したといいます。  エダさんは、どんどんと先に進んで行きます。その背中を見ながら、私は、彼女が後ろを振り返らないことに安堵しておりました。エダさんに、足のとまりかけている私を、見て欲しくはなかったのです

          すゞめ-5

           その日のエダさんを見て以来、わたくしは何度か、水を張ったばかりの水田で、自分の姿を映して見たことがあります。勉強を頑張り、エダさんに憧れ、都会に憧れ始めていたわたくしは、自分の背にも、エダさんのような翼がないかと思ったのです。  中学のスカートの裾を持って、水田に背中を映してみるのです。  しかし、わたくしの背には、エダさんのような翼はありませんでした。わたくしの中にある憧れの力は、せいぜい雀程度の翼にしかなりませんでした。  失望して見つめた水田に映った少女の姿は、

          すゞめ-4

           三度冬が過ぎ、わたくしたちは町の中学に上がりました。  中学になると、三つの小学校からいろいろな人が集まってきました。学校も、より町中に近づきました。  その頃には、わたくしはエダさんと並んで、学校でも一・二の成績になっておりました。もちろん、ほとんどの科目はエダさんが一番で、わたくしが一番になれるのは、国語とお裁縫だけでした。  学校にも慣れ、わたくしには新しいお友達ができた頃、一つ嫌な噂が立ちました。わたくしがそれを聞かされたのは、図画の授業で校庭に出ている時でし

          すゞめ-3

          夏が過ぎ、新学期が始まって少しした頃のことです。 放課後。村へのバスは本数が少なく、わたくしはよく、図書室や教室に残って、時間を待っておりました。 電気が消され、窓からの明かりだけになった放課後の教室は、お掃除のせいか、風が通ったようにとても居心地がいいのです。借りていた本を読み終わり、バスまでまだ時間があることを確認したわたくしが、図書室に本を返そうと廊下に出た時です。廊下の真ん中に一人、コギノさんが立っておられました。 わたくしは教室の戸口で動けなくなりました。コギ

          すゞめ-2

          学校は港町に三校あり、地区別に児童は通っております。わたくしは学校の終わった後、母のお使いで干し魚を買い、バスに乗って夜近くに家に帰りました。 「お母さん、聞いてください。わたし、綴り方で一番になったのです。」  土間の台所で夕飯の用意をされていた母は、わたくしの声に「それはよかったですね。」とおっしゃい、それから手を止めて、ちょっと振り返りました。 「一番ですか?初めてですね。いつも、一番はコギノさんのとこの娘さんでしたでしょ?」  母にそう言われて、わたくしはコギ

          すゞめ/昭咊異聞/その昔、私たちはお友達でした

           先生が教室の引き戸をガラリと開けられ、わたくしたちはお話をやめました。先生は、分厚いメガネ越しにわたくしたちの方を見渡され、ふむ、と一つ頷かれました。 「全員揃っていますね。今日は点呼の代わりに、この間提出してもらった、綴り方の返却から始めます。」  そう言うと先生は、あいうえお順に児童の名を呼ばれ、赤丸のついた綴り方を返され始めました。三番目に呼ばれたわたくしは、先生の前に出ましたが、先生はちょっと微笑まれてわたくしの肩を掴むと、児童の方へ向けさせました。 「今度の

          すゞめ/昭咊異聞/その昔、私たちはお友達でした

          オアシス−2/そこにいたのは、一人の戦士だった

          **  ある出立の前夜。隊商の借りていた建物が火事になった。隊商の主人が、席を離れたすきに、積み上げていた紙の束が崩れ、燭台を倒したのだ。  四角の窓から、燃え残った紙片が火の粉と灰に混じって舞っている。  隊商の主人である父は、呆然とそれを見つめ、そして狂ったように喚きだした。貸し付けた金の証書に、様々な契約書類、隊商の通行手形、仕事で必要なものも、築き上げたものも全てが灰になろうとしている。悲鳴のような母の鳴き声や、罵り怒鳴る父の声を聞くうちに、荷車とラクダを逃がし

          オアシス−2/そこにいたのは、一人の戦士だった

          オアシス-1/物語/小説/この町には昔、天使がいた

           この町には昔、天使がいた。  少女のような彼女は、いつも石でできたこの窓台に座って、月の砂漠を眺めていた。 ***  「出て行け!」と怒鳴る声が響いて、日干しレンガを積んでできた、白けた家の四角い戸口から、一人の少年が飛び出した。 「あなた、そんな大声出して。ご近所にご迷惑でしょ」 「何を言ってる。こいつが使えんのは、この町の全員が知っとるわ!」 「そういうこと言ってるのじゃないわ」 「だいたい、商人の息子のくせに、金勘定もできんのが悪い。使用人の息子の方がま

          オアシス-1/物語/小説/この町には昔、天使がいた