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すゞめ/昭咊異聞/その昔、私たちはお友達でした

 先生が教室の引き戸をガラリと開けられ、わたくしたちはお話をやめました。先生は、分厚いメガネ越しにわたくしたちの方を見渡され、ふむ、と一つ頷かれました。

「全員揃っていますね。今日は点呼の代わりに、この間提出してもらった、綴り方の返却から始めます。」

 そう言うと先生は、あいうえお順に児童の名を呼ばれ、赤丸のついた綴り方を返され始めました。三番目に呼ばれたわたくしは、先生の前に出ましたが、先生はちょっと微笑まれてわたくしの肩を掴むと、児童の方へ向けさせました。

「今度の綴り方は、オオタのものが一番でした。そして、四学年の先生たちで話し合った結果、この夏のコンクールには、オオタの綴り方を提出することになりました。」

 先生がこう言われると、わーっと言う歓声と拍手が起こりました。突然のことに、わたくしの顔は真っ赤っかになってしまい、顔を隠そうとして、わたくしは木の板目と自分の上靴ばかり見つめていました。

 先生の「いいですよ。」の声で席に戻っても、しばらくは顔が上げられず、わたくしはへなへなと座り込んでしまいました。

「メルさん、すごいわね。」

お友達のネリムさんの声に、わたくしは声も出せずに振り返りました。軽くウェーブのかかった髪が美しいネリムさんは、耳の後ろの一房を三つ編みにされ、ピンクのリボンで結ばれております。

「コギノさんも、綴り方ではメルさんに勝てないのね。メルさん、すごいわ。」

片目を閉じて、ネリムさんはそう言うと、自分の席に首を引っ込めました。ネリムさんが戻る時、リボンの影に隠れていた、窓辺の席に座るコギノさんが目に入り、わたくしは、はっといたしました。色々な着物に袴姿の児童の中で、白いシャツと袴を合わせられた姿は、一人だけ照らし出されたようでした。

ぴんと背を伸ばして席に座ったコギノさんは、じっと自分の綴り方を見つめておりました。コギノさんは、どの科目でも学年で一番で、数学でも男子に負けたことがございません。国語の音読でも、読めぬ文字はなく、とーんとよく通る声で堂々と音読なされます。わたくしは彼女の横顔に、どんな思いが浮かんでいるかを、読み取ろうといたしました。彼女に勝ったと思った訳ではありません。彼女が、わたくしに負けた、と思ってはいないかと心配になったのです。その時です。コギノさんはわたくしの視線に気がついて、こちらを振り向かれました。

すっと引かれた、柳葉のような目と眉と、わたくしは目が合いました。わたくしは、教室にコギノさんと二人きりになったような気がいたしました。わたくしは咄嗟に顔を伏せました。途端に、わたくしは自分の行為を後悔しました。すぐに顔を上げ小さく窓の方を伺いましたが、コギノさんは姿勢良く椅子に座り、まっすぐに先生の方を見ておられました。

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