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あなたもそこで息をして


夜景のどこが好きなの。屋上のガラスに張り付いて、夜の街を見つめる私に彼は聞いた。

一つひとつの光が誰かにとって意味を持っているところ、と私は答えた。

自分から見た世界は一つで、この無数の光は私にとっては何の意味も無い。けれど、あの光は誰かが帰り道寄るスーパーの明かりかもしれないし、マンションの踊り場の電灯かもしれない。それを見て毎日安心したり、悲しくなったり、嬉しくなったりする人がいる。そう思うとき、自分の世界の中には、誰かの無数の生活が存在していると感じられる。私は自分の見えるものだけに拘って悩まなくてもいい気がしてくる。意味は一つでは無いということが、意外なほど優しく思える。

そんなことを私は話した。私の拙い説明を聞いて、彼は微笑んだ。いいね、分かるよと笑う声が嬉しかった。だけどちゃんと伝わっているか確かめるのが怖くて、私はずっと黙っていた。

そのまま黙って、夜景を眺める彼の横顔を見た。彼の瞳に夜の街の光が映っていて、ガラス玉のように綺麗だった。
夜の光は、消えたり点いたり揺らめいたり、まるで生きているようだった。


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