見出し画像

蜘蛛とマイヒーロー

寝ぼけ瞼を擦りながら目を開けると、今日は珍しく天井が見えている。

いつもは大体横向きか、頭が枕に食べられているはずなのに。

白を基調とした天井を見ると、ポツンと黒い点が一つ。

染みや汚れだと思ったけど、カサっと動いた気がしたので、一瞬ヒヤリとした。

瞼をすばやく擦り、通常の視力が回復した後、じっくりと黒い点に目を凝らす。

なんだ蜘蛛か。

噛んでくれないかな。

向暑はるは、家の中に勝手に入ってくる虫は基本的に許さないけど、蜘蛛だけは一人暮らしの友として招き入れている。

まあ近くにいれば逃すのだけど。

理由としては大人とは思えないほどの子供っぽい考え方で、単純にスパイダーマンになりたいからである。

小学生の頃、父親の勧めで海外映画をレンタルショップで初めて借りた。

それがスパイダーマンだった。

以降、向暑はるにとってのヒーローは彼となり、”親愛なる隣人”として今日まで寄り添ってくれている。

もちろん、なりたいとも思っているわけで、蜘蛛を見れば噛まれたいと思うし、手首から蜘蛛の糸を出す練習だってたまにしている。

そしてそのスパイダーマンの新作が先日公開されて、仕事帰りから直行で映画館に向かった。

帰りの終電が少しだけ心配だったけど、レイトシアターにギリギリ間に合った。

映画館特有のポップコーンの匂いには惑わされず、カフェオレと普段は買わないパンフレットを購入して、座席についた。

そして3時間後、号泣である。

飲み干したカフェオレが、目から全て溢れているのではないくらい感動して、隣のカップルに少しだけ笑われた。

スパイダーマンの成長に、向暑はるの成長も照らし合わせてしまった。

まだ自分の小遣いでは借りれなかったDVDから始まり、時を経て今は自分のお金で映画館にいる。

小さい頃の、叶いもしない夢を忘れていないまま、ちゃんと大人になっている。

これは素敵な成長である。

またまたカサッと動いた蜘蛛に向かって手首を向けて、頭の中だけで糸を出してみる。

シュッッッ

蜘蛛がゆっくりと落ちてきた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?