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出会い

甘やかにふわっと香る桜の花。
花びらの一枚一枚が校舎の窓にへばりつき、ゆるゆかな白い曲線を描く。
桜吹雪はまるで花びらの洪水のように空までもピンク色に染めあげている。
艶々に黒光りする新品の制定靴を履き、しわひとつない真新しいセーラー服に身を包んだ幼い私はこれから始まる新しい日々に心を躍らせていた。緊張した面持ちでようやく入学式という長い儀式を終えクラスでのホームルームの時間がやってきた。
誰よりもやる気に溢れ、優等生の記号そのものだった私は担任の話に熱心に耳を傾けていた。
そうして配られたプリントを回そうと後ろを振り返った時思わず手が止まる。目の前の少女に釘付けになった。
ピンと背筋を伸ばして座り、澄んだ大きな瞳は流れるように文字を追いかけ、白く細い指で器用にページをめくっていた。
本を読んでいること自体がとても似合うひとだなと思った。
静謐な空気を纏ったその美しい少女はざわめく教室の中で異彩を放っていた。初日ながらそこには彼女だけの世界が既に確立されていた。彼女がこちらに気づきふと目が合う。その時彼女との間に一本の線が見えた。他の人には感じることのなかった、いわゆる「予感」みたいなもの。
今思えばそれが一目惚れだったのかもしれない。
幸か不幸か私たちは3年間出席番号が隣同士の腐れ縁になるのだけれども。
帰りの会が終わりロッカーの鍵をかけようとしていたところに彼女が廊下にやって私にこう告げる。

「私、あなたを超えるから。」

いきなりの宣戦布告に戸惑った。
他人に興味なさそうな彼女がそんなふうに私を意識していたことが意外だった。
それまで凛然とした表情だった彼女が猫みたいにニヤリと悪戯っぽく笑うのを目にした時、心の中で音を立てて何かがはじけるのが分かった。
それが私たちの出会い。

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