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【短歌小説】とりあえず生の人

 スキップで街を彩るはずでした
 とりあえず生の人、挙手して

私は、高知で育ちました。
大学に入学するタイミングで、
上京してきたので、
東京に来てもう7年になります。

私の育った町は
高知のなかでも、
電車も通っていなくて、
全員顔見知りの人しかいないような、
それくらい小さな田舎でした。

東京はずっと憧れていました。
母の影響が大きかったのは間違いありません。
母が東京出身の人で、
私が小さい頃から
東京の思い出を語ってくれました。

ドラマのこのロケ地は行ったことあるだとか。
表参道には人が多くて
夜でもキラキラしてるだとか。
東京では芸能人とよくすれ違うとか。

たぶん、彼女は結婚しても、
東京で暮らしたかったんだと思います。

でも、生粋のお嬢様である彼女の頭には、
家族は当然いつも一緒にいるもので、
夫の転勤について行かないなんてあり得ない。
というような固定観念がありました。

自分だけの夢や理想を優先するなんて選択肢は結婚してから、
いや、
もしかしたら結婚する前から
ずっとなかったのだと思います。
彼女はもう何十年も健気な妻で居続けています。

私はそんな母の影響もあり、
自然と東京に憧れるようになっていました。

そして、あろうことか、
この町を憎むようにもなっていました。
最先端のファッションもデザートも
デートスポットも
渋谷のハチ公前も
ドラマに出てくるようなキラキラした男性も
何もないこの町が嫌で嫌で仕方なくて、
早くここから抜け出したいという一心で
大学受験勉強に励みました。

無事、東京の私立大学に合格しました。
あまりの嬉しさに、
住むところも何もかも全て自分で決めました。
そして、
上京してからは東京に染まりきりました。

原宿でクレープ食べて、
東京とは名ばかりの
東京ディズニーシーに行って、
最新のオシャレをして、
もちろん標準語で喋って、
ドラマに出てきそうなカッコイイ彼氏と
これまたドラマのロケ地になったであろう、
デートスポットでキスをして、
東京に染まりに染まりました。

今、会社員3年目です。
なんとか仕事にも慣れて、
少し立場が重くなり始めて、
それなりにプレッシャーもありますが、
順調に暮らしています。

自分でこんなこと言うのは恥ずかしいですが、
表参道のこの憧れの道を
肩で風を切って歩く自分の姿はまさに
夢にまで見たテレビドラマの
キャリアウーマンでした。

交差点を待つ間、
アパレルショップのウィンドウに映った私は、
あの頃憧れた私で間違いありません。

そうなのです。
私は欲しい未来を手に入れて、
もしくは
母が欲しかった未来を手に入れました。

この未来を続けるために、
お局の嫌味や
上司のセクハラに嫌な顔一つせず、
毎日残業をして、
コンビニで夕飯を済まして、
1日の疲れをYouTubeで紛らわせて
また朝早く会社に出勤する。

上司のパワハラ発言にもニコニコして、
会社の飲み会にも参加します。
上にも下にも
より良い人間関係を作ろうと
必死に注文を通すのです。

とりあえず生を頼む私は
気が利いて、
仕事ができて、
上手に東京を生きてられている女なのだと、
自分で自分が誇らしくなる時すらあります。

私は今日も東京で生きていこうと思います。

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