見出し画像

注目度ゼロから「このミス」3位までの汗と涙の軌跡:ハーパーBOOKS6周年。その①

2015年7月に創刊した海外ミステリーの文庫レーベル〈ハーパーBOOKS〉は、今年無事6周年を迎えることができました。

これを記念した電子書籍の期間限定半額セールを――

という告知記事を書いてる途中で、なぜかレーベルの軌跡を振り返るというハードルを自分に課した結果、そのまで続く連載記事に。

③のあたりで、もしやセールが終わったらこの記事なかったことになるの!? と泣きそうになったのですが、ヘッダーを調整して残せばいいとメンバーに教えてもらいました。そんなわけで、本稿は元の記事から冒頭だけ修正しています。ご了承ください。

※電子書籍セールは8月16日に終了いたしました。

海外出版事情のぶっちゃけ話もありますので、ぜひ覗いていっていただけたら幸いです。

……………

これを書いている私Oがこの会社に加わったのは、ハーパーBOOKS創刊直前の2015年3月末。
その約1年前に、アメリカの大手出版社ハーパーコリンズが、ロマンス小説を世界展開するハーレクイン社を買収し、2015年7月に日本のハーレクインもハーパーコリンズ・ジャパンに社名変更、一般書籍出版社として新たに始動することになったのです。

ハーパーコリンズ・ジャパンで新たに文庫レーベルを立ち上げるから手伝ってくれないか、そう声をかけてもらったのは、翻訳出版畑を歩んで15年近くになる2014年末。幸運にも、レーベル名から背表紙や裏表紙のフォーマットといったブックデザインのディレクション、「世界をめくれ」のタグライン(キャッチコピー)の開発まで、ゼロから携わることができました。
しかし、創刊にあたっては大きな課題が立ちはだかっていたのです。

それは肝心の刊行作品ラインアップ。
通常、新たにレーベルを創刊するときは目玉となる作家さんの作品を華々しく仕込み、市場に打って出ます。
総務省の統計によると国内書籍の2019年の年間新刊点数は7万1093点
出版科学研究所の資料によると、文庫だけでも7000点超を数えます
単純計算で毎月500~600点の文庫作品が世に出ていくわけです。

なかでも翻訳小説は日本人作家さんの作品に比べるとニッチな存在。そのなかで新レーベルとして読者の目を引くためには、本国でのベストセラー情報や売れ部数、受賞履歴、映像化情報、作家の知名度人気度がどうしても必要となります。
ところが、入社した3月の時点で決まっていたタイトルを見たとき、正直「絶対イケる!」とは確信できずだったのです。

ちなみにハーパーコリンズはアメリカのハーパー社とイギリスのコリンズ社が合併した創業200年を超える老舗で、一般書籍部門で世界第2位の規模を誇る超大手出版社。
マーク・トゥエインにアガサ・クリスティー、J・R・R・トールキン、最近では『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリや、『カササギ殺人事件』のアンソニー・ホロヴィッツといった錚々たる作家が名を連ね、辞書から児童書、写真集、文学にミステリー、ファンタジー、ビジネス書や硬派なノンフィクションまで、ありとあらゆるジャンルを扱っています。

日本でいうなら、集英社や講談社、KADOKAWAのような大手版元をイメージしてもらえばわかりやすいでしょうか。

創刊当時、本社からきていたのは、英米のハーパーコリンズが版権を持つ作品リストから刊行するタイトルを選べという指示。
それだけいい作家がそろってるなら選り取りみどりでウホウホじゃん!
そう思うかもしれませんが、日本の出版業界とは違い、英米では多くの作品の版権は出版社ではなく著作権エージェントが持っています。
したがってどんな大手であれ、ある作家の作品を出版したい場合はエージェントから版権を売ってもらう必要があり、たいていは競合他社とのビッド(オークション)を経て、アドバンスと呼ばれる印税の前払い金(人気作家は億を超える)を支払い数年間の契約を結ぶ流れが一般的です。
だから、たとえ本社にどんなに著名な作家がいても、ワールドライツ(各国への翻訳権)を持っていなければ、支社がそのまま出版することはできないのです。

著作権エージェントとしてはクライアントである作家さんの利益が最優先であり、1社にワールドライツを渡してしまうよりも、最も好条件を提示し、かつ作家にフィットした出版社を各国それぞれ選ぶのが理にかなっています。
一方で、ハーパーコリンズのように世界各国に支社を持つ出版社がワールドライツを獲得した場合、世界同時発売を仕掛けたり、営業戦略や販促プランを各国で共有したり、ウェブサイトやSNSを通じて作家本人からのメッセージを各国読者に発信したり、グローバルでマーケティング施策を打ち作家のブランドを高めていくことが可能です。
実際、ハーレクインをハーパーコリンズが買収した狙いのひとつが、ロマンス小説の分野でグローバル展開に成功していた実績にあったみたいです。
とはいえ、こうした戦略は一般書籍の分野では未知の試み。2015年の時点ではハーパーコリンズに一点賭けしてくれる作家さんもまだそこまでおらず、すでに日本で知名度のある作家さんが本社のラインアップにザクザクいるわけではありませんでした。

そんななか、本社がワールドライツを獲得し、トリプルA(超推しの作家さんのことをハーパーではこう呼んでいます)として打ち出したのがダニエル・シルヴァ

アメリカでは新刊を出すたびベストセラーリスト初登場1位に輝く、人気実力とも折り紙付きの作家です。しかし、日本でドーンとぶち上げるにはちょっとしたハードルがあったのです。


長くなりましたのでに続きます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?