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注目度ゼロから「このミス」3位までの汗と涙の軌跡:ハーパーBOOKS6周年。その④(完結編)

ドン・ウィンズロウの新作が来るかもしれない!

そんな朗報が飛び込んできたのは2017年に入ってから間もないころのこと。

ウィンズロウといえば、「このミステリーがすごい!」(宝島社)海外編2位に輝いたデビュー作『ストリート・キッズ』をはじめとする探偵小説<ニール・ケアリー・シリーズ>(東京創元社)、ヘビー級の面白さでこのミス1位・2位を獲得したメキシコ麻薬戦争の一大叙事詩『犬の力』『ザ・カルテル』(KADOKAWA)など、数々の名作・ベストセラーの邦訳が刊行されてきた人気作家のひとり。
そのウィンズロウがハーパーにやってくるというのです。

ちょっと前にメッシがバルセロナからパリ・サンジェルマンに移籍したことが話題になりましたが、英米の作家が出版社を動くのは、サッカー選手の移籍にどこか似ているような気がします。
作家の場合はサッカー選手のように移籍金があるわけではないけれど、代理人を通じてより活躍できるクラブ(版元)を求め新天地へ移るという意味では同じです。
ポジションや先発は確約されるか(自分の本にどれだけ力を入れてもらえるか)、チームメイトの顔ぶれ(他にどんな作家がいるか)、カップ戦で優勝できるポテンシャルがあるか(版元トータルの営業力や販促力)、クラブ経営はどうか(版元が持つイメージやブランド力)といった条件が考慮されるのも想像に難くありません。
ウィンズロウのために、われわれ支社もピッチを作成しました。

ピッチとは売り込み資料のこと。なぜわが社があなたの本にふさわしいのか、どれだけ熱望しているか、どんな出版戦略を持っているか、キーとなるスタッフの略歴、これまでのプロモーション事例といったセールスポイントをパワポで7~8枚にまとめます。
最近では、他社版権をビッドする際にもエージェントから求められるケースがちらほらと出てきましたが、このピッチがなかなかの難敵。
というのもウィンズロウの場合、直近の日本の出版社は世界のKADOKAWAさんです。
会社の規模や販売力、販促力や資金面といったリソースではとうていかなわないわけです。
だから、熱意と工夫で乗り切るしかない。

社内でうんうん頭を悩ませながらなんとかかたちにして提出しましたが、実際どの程度効力があったかは謎です。
ただ、本社とやりとりしていると、過去の実績や前例ではなく、新しく何をやるのか、どんなアイデアを提案してくるのかに評価軸が置かれていて、チャレンジをよしとするアメリカの文化を感じることが多いのも事実。
反面、できない理由を前提に後ろ向きな発言をすると冷ややかな空気が流れることもなくはないのですが、キツくもあり面白くもある外資系の一面かもしれません。

こうしてウィンズロウの新作『ダ・フォース』(原題THE FORCE)は、本国で2017年の夏に刊行することが決まりました。日本版刊行の目標は2018年の3月です。
文庫で上下合わせて1000ページ近い大作のため、翻訳にはどんなに急いでも半年はかかります。これまでウィンズロウの代表作を手掛けてきた名翻訳家、東江一紀さんのバトンを受け継ぐかたちで今回翻訳をお願いしたのは、ハードボイルド・ミステリーの第一人者、田口俊樹さん。ただでさえ売れっ子のスケジュールを確保するのは難しいなか、どうしても田口さんにお願いしたく、無理を聞いてもらい原書から1年を待たず刊行にこぎつけました。

NY市警3万8000人の警官の頂点に立つ、最もタフな刑事たちのエリート特捜班<ダ・フォース>。彼らを統べる“刑事の王”マローンは、ある麻薬組織の手入れを機に血と裏切りの道へ転落していき……『ダ・フォース』は、警察小説でありながら、黒人ギャング、ラテン系ギャングの抗争を描くクライムノワールでもあり、全編通してスラングが全開。まるでラップミュージックを聞いているような躍動感あふれる小説です。
だからこそ、ローレンス・ブロックの探偵小説<マット・スカダー・シリーズ>でニューヨークの街のリズムを体現してきた田口さんの訳で読みたい!そんな思いがありました。
その思惑が最高の結果を生んだことは、『ダ・フォース』を読めば疑いの余地なしです。

さきほどスラング全開といいましたが、今作はとにかくFワード(Fで始まる下品な言葉。テレビだとピー音になるやつ)のオンパレードでした。
PDFファイルで数えてみたところ、なんと529回。
2~3ページに1回はF〇ck、Fu〇kingが登場、ある時は1ページ内に何度もお目見えするのです。それらを田口さんがどう料理したか、そのあたりも本書の読みどころのひとつかもしれません。
ちなみに当初考えていたおびコピーはこちら。

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下品すぎますね、と上司に秒殺され、現状のおびに落ち着きました。
個人的には、ブックデザインのアルビレオさん渾身の筆文字が最高で、いまだにパソコンのファイルから捨てられないでいるのですが。

さて、でお伝えしたとおり、海外ミステリーのレーベルとしてわれわれが足場を築くための次なる目標は、このミス3位以内にランクインすることでした。
そんななか、このミス1&2位に輝いた過去をもつウィンズロウの作品はまさに渡りに船。この時ばかりは、本社のありがたみを心から嚙み締めました。と同時に、他社さんが大事に育ててきた作家の新作を出せることへの感謝と、遜色ない結果につなげられるかというプレッシャーを噛み締めたのも事実です。
結果は2019年度の海外編5位にランクイン!
目標の3位以内は逃したものの、ハーパーBOOKSというレーベル名が「聞いたことない」から「なんか聞いたことあるかも」に昇格するに余りある快挙でした。

2019年には待ちに待った『犬の力』『ザ・カルテル』に続く3部作の完結編、『ザ・ボーダー』(原題THE BORDER)が刊行され、運命の女神がふたたびわれわれに微笑みます。
本国の刊行が19年2月に対し、日本版の刊行は7月。わずか5か月後です。
それも『ダ・フォース』をも凌ぐ上下巻合計1500ページ超の鈍器本です。このミスの投票締切から逆算して読了可能なぎりぎりのタイミングを狙ったのですが、その甲斐あって、2020年度の海外編でついに3位を獲得することができました。
鬼のスケジュールをなんとか調整くださり、素晴らしい訳でわれわれを後押ししてくれた田口俊樹さんには今も感謝しかありません。

ウィンズロウのカルテル3部作、ずっと気になってたけどあまりの分厚さにひるんで未読という方もいるかと思います。迷ったら『ザ・ボーダー』の解説を手掛けてくれた杉江松恋さんの熱いレビューをぜひご一読ください。
書店さんに走りたくなることを請け合いですよ。


ここまで駆け足でハーパーBOOKSを紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。あいつら頑張ってるな、と少しでも興味を持っていただけたら大変幸いです。

われわれの次なる目標は、日本独自でビッドし獲得した作品で、ふたたびこのミス3位以内を狙うこと。なんだかこのミスのストーカーみたいですが、海外ミステリーを出版する者にとって、それが何より広く読者の方の目にふれることになるきっかけのひとつなのです。
少しずつ応援してくださる読者の方がついてきた今、正直本社にジャパンの底力を見せつけてやりたいという野望もあるのですが、優れた作品をもっともっと紹介して、「世界をめくれ」のタグラインに違わない魅力的なレーベルになれたらと願っています。
今後のハーパーBOOKSにもぜひご注目ください。
編集長O

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