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注目度ゼロから「このミス」3位までの汗と涙の軌跡:ハーパーBOOKS6周年。その③

ハーパーコリンズは日本のほか、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、イベリカ(スペイン/ポルトガル)、ノルディック(スウェーデン/デンマーク/ノルウェー)、ポーランド、ブラジル、メキシコにも支社があります。
本社が持っている作品だけでは限界がある――前回お話しした課題は、各国も同様に抱えているように見えました。
グローバルブランドのローカライズはどの業界でも一筋縄ではいかないし、文化と直結する出版ではなおのこと簡単ではありません。
まずは自国のマーケットに合った作品で読者を獲得する必要がある、そうして各国が独自路線を開拓しはじめるのも自然ななりゆきでした。

ちなみにハーパー案件に関しては創刊当時から、毎週月曜日に本社から作品紹介がドっとやってきます。でお伝えしたとおりあらゆるジャンルを扱う出版社ゆえ、文芸からミステリー、ビジュアル本にノンフィクションまでそれこそ多彩な企画が送られてきます。
そのなかから各支社が自国に合いそうな作品を仕分けし、必要に応じて企画書や原稿に目を通して採否をフィードバックするのですが、そこにも各国のカラーが現れるのが面白いです。

忖度という単語が存在しない直球フィードバックのドイツ。
締切をぶっ飛ばしてしれっと返事をするブラジル。
毎度NOだけであっさりしているノルディック。
etc。
なんとなく返事に困る微妙な案件のときほど、みなドイツが空気を読まず突破してくれるのを待ってレスを入れているような気がします。
もちろんわれわれも微妙な案件のときはドイツ先輩のレスをチラ見してから返しています。

さて、他社版権の作品が少しずつ増えていった創刊2年目の2016年。
ハーパーBOOKSの存在を翻訳ミステリーファンの間に広めるのに一役買ったのが、スウェーデンで90人にひとりが読んだというベストセラー『顔のない男』と、コニャック・ミステリ大賞を受賞しTVドラマ化されたフランス発の『氷結』の2作です。

前者はヘニング・マンケル原作のドラマ“ヴァランダー・シリーズ”の脚本を手掛けたステファン・アーンヘムによる小説デビュー作で、高校の同窓生がひとりまたひとり殺されていくという北欧らしさ全開の怖~いミステリー。スウェーデンの優れた新人ライターに贈られるクライム・タイム賞、ドイツの犯罪小説賞MIMI賞を受賞し、続くシリーズ2・3作目もハーパーBOOKSから邦訳が出ています。
後者はフランス第3の都市トゥールーズの警部を主人公とした警察小説で、税務官出身という異色の経歴をもつベルナール・ミニエのデビュー作。雪に閉ざされたダムで馬の斬首死体が発見され……というインパクト抜群の作品です。今年5月に出た最新刊『』も大変好評で、シリーズ4作目にして1作目に迫る売れ行きを見せています。

まずはビッドの競合が少ない非英語圏の作品で勝負しよう。そんな思惑とともに獲得したこの2作が奏功してか、それからじょじょに新聞や雑誌、翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神でもハーパーBOOKSの作品が取り上げられるようになっていきます。
2017年に入る頃には、知名度ゼロから10段階の3~4ぐらいまで上がったような手ごたえを感じはじめました。
その立役者のひとりが、カリン・スローターです。

2015年12月に猟奇事件を描いたミステリー『プリティ・ガールズ』を刊行した際、cakesで翻訳小説としては初のロング連載を実施し反響を呼んだスローターですが、彼女の人気を不動のものにしたのが、2017年1月に出た『ハンティング』。ジョージア州捜査局特別捜査官ウィル・トレントを主人公としたシリーズの第3弾です。
1・2作目はオークラ出版から刊行されてるのですが、『ハンティング』から今年6月に出た最新刊『スクリーム』までシリーズ10作の邦訳は網羅されています(電子書籍のみの中篇を除く)。

実はカリン・スローターは本社がワールドライツを獲得し、2015年からハーパーコリンズで世界展開している作家。そのグローバル出版の第1弾が『プリティ・ガールズ』で、第2弾がウィル・トレント・シリーズ8作目となるThe Kept Woman(邦題『贖いのリミット』)でした。3~7を早く出さないと新作が次々出て本国のフロントリストに追いつかない! しかもスローターはウィル・トレント・シリーズ以外にもノン・シリーズをコンスタントに書いている。
ヤバいよヤバいよ……ということで急ぎ途中4作の版権を獲得し、鈴木美朋さんと田辺千幸さん、2人の翻訳者さんに交互にお願いすることによって年間2~3点のスピード刊行を目指し、同時にスローターの存在感を増して人気を高めていこうという戦略を立てました。

2020年には、早川書房から2001年に刊行され絶版となっていた初期の邦訳作品『開かれた瞳孔』の版権を取り直して復刊。これに連なるグラント郡シリーズ第2弾『ざわめく傷跡』も同年刊行と、まさにここ数年カリン祭りを仕掛けてきたのです。
そのかいあって、最新刊『スクリーム』でついに本国の新作に追いつき、スローターの人気も年々増加、いまやハーパーBOOKSの看板作家のひとりとなっています。
ものすごいスピードで翻訳を手掛け、シリーズの世界感を違和感なく共有してくださる鈴木さん、田辺さんには編集部一同、頭が上がりません。

女性に向けられる憎悪や暴力に真っ向から対峙し、時に目を背けたくなるような描写もいとわないカリン・スローター。どの作品も犯罪の惨たらしさや醜さと対比して描かれる女たちの強さが胸を打つ、いま最も旬なミステリー作家のひとりです。
どの作品から読むか迷ったら、ぜひこちらの特設サイトを覗いてみてください。


なお、スローターは各国でも人気がどんどん高まっていて、オランダやドイツではベストセラー1位を獲得。本人によるこんな祝いの舞もドイツオフィスに送られました(かわいすぎるw)。
日本でもこのカリン・スローターの舞が見られるよう、編集部一丸となって今後も後押ししていきますので、ぜひみなさまよろしくお願いいたします。

こうして知名度ゼロだった創刊時に比べると一歩ずつ光が見えはじめてきたとはいえ、並居る競合他社との距離をいっそう縮めるには、もっと何かが必要だ――その答えとして目標に掲げたのが、「このミス」海外編へのランクインでした。それも上位3位以内を目指す。
そんなわれわれのもとに、2018年チャンスがやってきます。
そう、ドン・ウィンズロウです。

力尽きたので、この続きは週明けにアップしたいと思います。
ドン・ウィンズロウの作品はこちらからチェックしてみてくださいね。

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