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小説『記憶と記録の境目』



1.

「こんにちわー」
「こんにちは」
「渋谷警察署 渋谷駅前交番です」
「はい」
「今近くで通報があってきたんですけどお兄さんいまなにされてます?」
「あ、いえ、…なにもしてないですけど、え、私にですか?」
「そうです。お兄さんの通報がありました」
「はい。」
奥村泰輝は、横断歩道のど真ん中で立ち尽くして動かなくなっていた。

「渋滞してみんな迷惑してるんです、お兄さん渡ってくれますか?」

 我に帰った。自分でも驚いた。止まっていた時が動き始めたような感覚だった。なぜ警察の声だけに反応できたのかはわからないが、周りの車からは怒鳴り声、罵声を浴びせられていた。
 私はときどきこういうことがあるらしい。そのときは周りの反応で気づく。

 この前は、
ファミレスで友達を食事している時だった。
「おい、おく!なー、おい、おく!!!!」
私はずっとしばらく考えごとをしていたらしい。
「あ、ごめんごめん。」
「おい何考えてたんだよ、お前怖いよ」
「ごめんて、そんなに?どんな顔してた?」
「どんな顔じゃねーよまったくお前はそういうところあるから気をつけろよ」
「わかったって。お前のまえだから気を許してるだけだって。」
「そうか?ならいいけどさ、急に止まるから怖いんだわ」

 そんなことが何度か親友の平塚の前ではあったけど、今回はそういう次元ではない。
 え?横断歩道のど真ん中で立ち尽くした?
 おれ、大丈夫か?
「プーーーーーーーー」
車のクラクションが鳴り響く。警察に誘導されて横断歩道を渡り切った。
「お兄さん今後こういうことはやめてくださいね」
「はい」
とりあえずこの場は、お巡りさんの言うとおりにするしかなかった。
 原因はわかっている。たぶん、『雑音』のせいだ。あの空想物語の続きを頭の中で考えながら街を散歩していたせいだ。
 おれは、昔からメモ帳に自分の普段あったことを記すことが日課になっていた。そのフォルダと類別することなく、同じような要領でこの小説を書いていた。私は、実際に起きたことなのか、自分の空想での出来事なのか、区別がつかなくなっていた。
 だけど、冷静になればわかる。『雑音』は、今朝作った物語だ。

 お巡りさんは遠くに消えた。

 SF小説とは謳っているものの、小説になっているんだろうか。
「まあ、どうでもいいや、そういう日もある。」
1人で呟き、また歩き始めた。
 ただ、歩くとまた考えてしまった。今さっき電車で書いている時は自分でも現実との区別くらいついてた。そのあと電車は渋谷駅についたところで、下車したはず。そんで、渋谷で散歩しながら考えごとをしてたのか。まって、現実と、自分で考えていることが区別できなくなった?それってかなり重症じゃないか。
 妄想?
 幻覚?
普段からなんか自分変だなって感じる時はあるけど、これはさすがにだめだ。
 これ誰に相談すればいいんだ…。
「あ、ごめんなさい」
渋谷の街は混み合っている。おじさんと肩がぶつかった。自分が謝ったことにも苛立つ。完全にあっちからぶつかってきたのに。
 え、でも今も自分で考えごとしてたからなのかな。
 え、ほんとに誰に相談すればいいんだ。
親に相談したら病院に連れてかれそうだ。やっぱり、あいつに全部話すしかないな。LINEを開き、平塚の文字をタップし、メッセージを送った。
「ごめん、平塚、今週空いてる?」
数秒で既読がついた。
「おう、どした?いいよ」
「ちょっと相談したいことある」
「いいよ、土曜日いつもんとこでいいな?」
「おけ」
スマホの縁のボタンを押し、画面は暗くなった。
 あいつどう思うんだろ。でも笑って終わりだよな。まあ、それならそれでいいか。
 土曜日までに、『雑音』も完成させて、これもあいつに読んでもらうか。
 まあそれまで気長に、続きを作ろう。


2.

                           
          『雑音』

                 奥村泰希

あらすじ
(目が覚めると知らない他人の赤子として生まれ変わっていた。その大人に育てられ、成人を迎えた。ある日、あることがきっかけで、忘れていた前世を思い出した。蘇った記憶を遡り、前世の自分に課されていたミッション・世界の真相を知った。
世の中にタブーに触れたSF小説。)
________________________________________________

(1)
 俺は知らない他人の赤子として生まれ変わった。純粋無垢な赤子にとって、大人の声と世の中の主張の強い言葉や物たちは雑音でしかなかった。 
 広がる世界の全ては、交通事故で亡くなる数秒前の目の前に広がるトラックのような押し潰してくる衝撃でしかなかった。
 実際、トラックとの交通事故が死因だったからだ。
 トラウマだ。
 では、この知らない私を見てくる大人たちは誰なのだろうか。
 しかし、すぐに理解した。俺は、大人だから。この見えている光景から、自分がどんな立場に生まれ変わったのかも理解した。
 俺のこれまで記憶は全て前世と呼ばれることになるんだ。
 とにかく大人の雑音がうるさかった。
 世の中は雑音に塗れている。声も音でしかない。
 必要としない音ばかりで自分の存在がかき消される。おれは対抗手段として産声を上げた。
 それから自分の存在を確立させていった。
 「たいちゃん」そう呼ばれた。呼ばれる名前すら雑音だった。なぜならおれには名前があったから。そんな名前で呼ぶんじゃない。そう思っていたものの、良心が痛むのは俺の方だ。仕方なく名前を受け入れた。
 気づけば自分の本当の名前すら忘れていたし、本当はどんな存在だったかすら忘れてしまっていた。
 おれは「たいちゃん」、「奥村泰希」(オクムラタイキ)なのだ。
 そう思って生活して、23年が経った。
 この年にもなってみれば、2歳以前の記憶なんてほとんど忘れてしまっている。もちろん、「たいちゃん」と呼ばれる前の記憶なんてものは存在しない。
 「前世なんだと思う?」そんな学生時代の友達の会話には冷めた口調で「わかんない」と答える側の人間だった。
 しかしある日を境に、そんな自分の考えがひっくり返った。全ての記憶が蘇ったのだ。

 それは俺がガラナウイルスに感染した日だ。

 一昨年の夏、俺はガラナウイルスに感染した。あのときから、奥村泰希より前の記憶、消えていた記憶が甦った。
 つい最近あったことも、これまでのことも。
 忘れていた記憶が全て蘇った。

(2)

 「人間という生き物は、忘れる生き物である。人間にとって、忘れることが一番の武器である。」
 これは、たしか大学の非常勤講師が言っていた。辛いことも忘れるから、生きていられるそうだ。
 忘れていた辛かった思い出が、蘇るフラッシュバックを経験した。
 それと同時に、忘れてはならなかった大切なことも思い出した。
 俺にとって、このフラッシュバックは、奥村泰希として生まれる前の記憶からつい最近の些細なことまでだ。
 内的要因も外的要因も。
 発症したガラナウイルスの後遺症は、全ての記憶が事細かく蘇り、全て見て感じて生きてきたことを忘れられない身体になったことだった。 

 そもそもガラナウイルスとは、2019年あたりから蔓延し始めた、宙国矢漢から発症したウイルスだった。パンデミックが起こり、マスクが義務のような生活。マスクをしていない人や、咳をしている人は冷たい目線を浴びせられる。
 そんな生活の始まりは、ワコクの元号が「レイラ」に変わり、一年足らずでの出来事だった。
 2020年1月16日、国内で感染者が初めて確認された。
 コロナウイルスが存在しなかったワコクの「レイラ」は、8ヶ月間しかなかった。
 だからこそ、新しい時代の生活の当たり前になってしまった。
 感染者の中には死者も出て、世界は恐怖した。
 それから約5年が経ち、現在2024年では、ガラナウイルスという言葉すらほとんど聞かなくなった。
 ガラナウイルスが現在もあの「おうち時間」のときのように存在していることは確かであるが、咳をしている人がいてもそんなにあの頃ほど驚かないし、鼻を啜っている人がいても、花粉かな?ぐらいにしか思わない。
 実際、友達といるときに俺が鼻を啜っていても、「たいちゃん花粉?」と聞かれたりもする。
 当たり前のようにまだマスクをしている者もいれば、マスクをしない人間だっている。
 これがガラナとの共存というものなのだろうか。
 ただ、未だにワコクジンだけがマスクをし続けている理由は、新しい時代の常識というイメージが強いからだろうか。
 結局のところガラナウイルスとはなんだったんだろうか。これを説明できる人はいま世の中に専門家以外でいるだろうか。それとも、専門家さえも説明できないのだろうか。はたまた説明している専門家は、わかったふうに世の中に説明しているのだろうか。
 早くこのウイルスが消えて欲しい。そう思う。その理由の一つが、「偽造の平等」が蔓延したからだ。
 ウイルスそのものの効果のことはわからないが、風潮としてそんな風に思えた。
 マスクを全員したことによって、視線主義になって、見た目がよければそれで良しというような風潮が流れたように思えた。
 心を殺してまで外見だけを整える。言葉の外見、行動の外見。本当の音、本音を閉じ込めた世の中。言葉にユーモアがなくなり、自然に笑う人が少なくなったように思う。
 本当のことだけ言わないといけない。空気を読みながら、DNAに刻まれた平等のマニュアル通りに生きる。正しいことをし続ける。
 人よりも上に立ちたい。そんな野心を持つと出る杭を打たれる。
 非常識な人間が常識のある人間になったり、いじめの言葉でもあった空気くんは、空気を読める人間として扱われた。上手く世渡りしていた人は失敗する回数も増えた。
 心身ともに平等であるためには、みんな同じように苦しまなければならなかった。
 平等を守りつつも、常識は変わり続けた。
 楽しい思いをすれば、いつか苦しまないとならない。平等に働けば、平等に金を与えられ、平等に食事を取ることができ、平等に寝ることができた。
 ただ、平等に苦痛を味わうことがなければ、その平等にさえ手が届かないシステムだった。
 ウイルスは何も無関係でそれは以前から変わらなかった?
 それは、「忘れている」だけだと、奥村泰希だけが思い出した。
 おれは、いやなことを忘れられる楽観的な幸せものだったかもしれない。だから、全てを思い出され苦痛を浴びたのだと思っている。
 挫折も経験した苦痛も、自分の過ちも全て己に襲いかかった。
 本来、忘れていたことが蘇ったならば、もともとの自分の記憶なのだから、蘇ったという感覚すら残らないはすだ。「思い出した」という感覚だ。しかし、忘れていたことすら覚えているおれは、蘇ったことを知っている。
 人間は平等だ。
 「奥村くんって悩みとかなさそうだよね〜」
そう言われていた俺が、今苦しんでいるのだから。
 自宅療養期間に家に長いこといた分、寝たきりの時間が多かったため、自分と向き合う機会が増えた結果誰にも会わなかったことも相まり、ただ自分の忘れていたことを振り返っただけなのかもしれない。
 それはそうと、自分以外にもガラナウイルスに感染した前後で人が変わったようにしている人間はゴロゴロいるのだから、ただそれだけではないことは、私にははっきりとわかる。 
 当の本人は、それすら忘れてしまう、正常者であると思う。私から見れば、変わったことも忘れてしまう幸せ者ように思えた。
 私は、他人の過去の過ちも、自分の過去の過ちも、人がどのように変化したか、自分がどのように変化したか、忘れられない。人の感情に関わることは全て忘れられない。自分自身のことも、他人のことも。
 これは、大学の非常勤講師の言葉を借りれば、「武器のない生き物。人間ではない。」のかもしれない。人間ではないならば、私はなんだろうか。
 無理やりでも〇〇な人間として評価するならば、可哀想な人間、暗い人間、精神的にイカれている人間なのだろうか。
 そこまで言っていない。そう言われても、自分自身でわかっている。普通ではないことくらいは。
 ウイルスの後遺症で、この現象が発生したのは、世の中で私しかいないこと、なぜ私がこの後遺症を持ってしまったのか、全て思い出した。
 思い出した感情や記憶を文字にすれば、小説として物語にすれば、消化できると思った。そうすれば、異常者ではなく、フィクションを書く小説家という立ち位置を確立できると思った。
 自分の記憶をフィクションとして扱われることに、心を決めた。
 変な人として扱われるよりはずっといい。そう思った。
 誰も一言も喋らない東京の電車の一席で、周りに負けじとスマホに集中し、メモ帳に俺の覚えている限り全て記憶と感情を打ち込んだ。


(3)

 たいちゃんと呼ばれた赤子は、奥村泰希としての人生を23年間過ごした。その人生のほとんどを楽観的に、忘れることで自分を守り続けてきた。
 そんな自分の思い出した記憶の本当の人生は、「奥村ー!」と雑に扱われる人生だった。
 そんなことよりも、重要なのは、それ以前の記憶だ。
 奥村泰希として生まれる前は、トラックの衝突事故で亡くなった園田光信としての人生だった。
 私は、1940年から1964年まで、園田光信としてごく普通の生活をしていた。
 私が5歳の頃には第二次世界対戦が終戦し、世の中は良い流れを見せていた。
終戦の次の年、日本で初めて煙草が発売された。この時、私は6歳であったが、親の目を盗み吸ったことは、もう時効以上に、前世であるのだから笑い話にしたい。
 それが理由で、奥村泰希として生まれ変わった現在も煙草が好きなのだろう。
 64年の真夏、東京オリンピックが近づき、世の中が盛り上がりをみせていた頃だった。
 当時25歳の俺は、若くして死んだ。
 交通事故だった。脇見運転で目の前に割り込んできたトラックに衝突して、気づけば、死んでいた。
 そして、一旦「B-150pull-g383」として、「B-150pull」という星に戻ってきたのだ。

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