8)初めての就職先、女の営業とは (23歳)
はじめての就職先は、旅行代理店での法人企画営業だった。
自社の既存商品を売り込むというよりは各企業のニーズに合わせ付加価値を与えたうえでサービスを提案する、といった内容だ。
とはいっても提案する機会をまず与えてもらうことが難しく、日中のおもな業務はアポイントメントの獲得である。
新たな顧客となりうる根拠や可能性を無理矢理ひっぱり出したあと、ひたすら電話をかけるのだが、そのほとんどは代表電話で門前払いを受けることが多く、30件かけて1・2件アポが取れればよいほうだった。
新規顧客の開拓に加え、上から既存顧客の対応が回ってくることもある。
そうなると見積書の作成、渡航のプランニング、場合によっては現地に添乗員として同行、精算...など業務は多岐にわたり、めまぐるしく1日が過ぎる。
残業は当たり前で終電後タクシーで帰宅することも時々あった。
(18時に帰宅なんてことがあれば、チームからどよめきが起きた)
入社してまもないころ、新入社員研修の一環として1泊2日の出張会議に同行させてもらったことがある。
遠方からの参加者をふくむ各企業の経営幹部や管理職の集まりで、当時の私からすれば「よくわからない会議のあとおじさんたちが宴会をするイベント」だった。
新入社員で同行したのは私をふくむ3名。
入社初日にド派手な服装で登場した留学帰りのSちゃん、真面目なMちゃん、加えて現地を仕切る添乗専門の企業から派遣された添乗員さん。
新入社員の私たちは完全にお荷物であるが、私なりに出来ることを探して手伝った。(お客さんのためにエレベーターのボタンを押すなど)
長い会議が終われば参加者たちは一気にリラックスモードとなり、ホテルの浴衣に着替え宴会会場に流れてゆく。
2次会のカラオケが始まったころには、みんなすっかり出来上がった様子で上機嫌だ。
添乗員さんは「なにか手伝ってみたら?」と(なぜか)私たち新入社員を会場へ促した。
戸惑うMちゃんと私をよそに、元気なSちゃんは早速センターステージに飛び出した。
「みなさーんこんばんはー!添乗員のSです!どなたが一番に歌いますか!?私が歌いましょうか!?」
Sちゃんは昔歌手とダンサーを目指していたらしい。
私は呆気にとられて、ノリノリで歌うSちゃんをただぼんやりと眺めていた。
前方に座るお客さんは盛り上がっている。Sちゃんはエレベーターのボタン押し係よりよっぽど役に立っている。
私も今回の同行で何か役に立ちたかったが、今からステージに飛び出して一緒に踊り出す勇気は持ち合わせていない。
「添乗員ってこういうスキルも必要なのかな…」
独り言のように呟いたら近くにいたがお客さんが笑って言った。
「いや、いらないと思うよ。大丈夫だよ、頑張って!」
「ですよね。ははは…」
添乗員とは、営業とはなんぞや。改めてその意味を問いたくなる夜だった。
続き
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?