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【同乗者たち】 終章 同乗者たち 【30】

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ーーそして君は、再び現実に戻る。震える手で、ブレインスキャナを頭から下ろす。君はすべてを理解しただろう。自分の手に持っているものが玩具じゃ無いこと。今いるこの「図書タワー」がかつて「走馬灯局本部」だったこと。君が修学旅行でここにやってくる時、この床の蓋が老朽化でわずかに空く、そしてそれに気づくのが君一人だという、そんな奇跡のような確率を俺が知っていたということ。
君は、俺の記憶をみた。俺が思ったこと、感じたこと、心の痛み、喜びすべて。そして君を通して思った感情、すべて。君は、クロアナとして生きた君の心を感じることはできない。けれど、俺の心で創造された君の心を、知ることができただろう。俺が共感した、同情した君のこころを。
この記憶を見た君はもう、今までの君ではなくなってしまった。今までの君を、俺は殺してしまった。許してくれとは言わない。もうきっと、謝る相手はどこにもいないから。

なあ、サキ。
この記憶をみたなら、そして君の心が少しでも動いたとしたら。
俺達は、確かに出会ったんだ。



私は、その紙切れに書かれた文字をそっと撫でた。ファンシーな雑貨屋の紙袋を切って作られたそれから、芳しいコーヒーの香りが漂ってきたような気がした。不器用そうで、生真面目な文字の羅列。今でも思い出せる。あの塔から落ちたときの、どこまでも続く真っ赤な空。体中に吹き付ける、すがすがしい風。抱きしめ、抱きしめられた時のぬくもり。
彼は。彼らは、もうこの世にいないけれど。

「うん」

私はブレインスキャナを撫でながら、うなずいた。留めなく流れる涙は、私のものだろうか。それとも、「彼女」のものだろうか。
この広い世界の中。
たまたま乗り合わせた、わたしの魂の同乗者。

「また会えたね、ヨーイチ」

スキャナのグリップに巻かれた白い花の髪飾りが、発火するように煌めいた。


FIN


目次  >>あとがき(今夜UP予定)


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