森で三味線を弾く保育士ミッチー

仕事も食事も腹八分目。 おおむね機嫌よく暮らすのが得意です😊 津軽三味線と森のようち…

森で三味線を弾く保育士ミッチー

仕事も食事も腹八分目。 おおむね機嫌よく暮らすのが得意です😊 津軽三味線と森のようちえんがスキ!

最近の記事

Wolf Moon

2024.1.26の満月wolf moonを見ていたら 生まれて初めてスェットロッジに入った時のイエスカが甦ってくる。 月が見ていた 少女は囚われている 檻に入れられて後ろ手に縛られて 少女は敵対部族に囚われている 囚われの少女を敵部族の一人の少女が逃がす 自由だ!自由だ!!自由だーーー!! 少女は原野を駆ける 自由だ自由だ自由だー!!! 裸足で夢中で走っていると どこからともなく 一匹の狼が 緑色の眼をした狼が現れて 少女の傍を走っている 少女と共に走り 共に眠

    • 三味線とウルフキャンプ

      マザーアースのビーウルフキャンプ@竹早山荘 に行ってきたよ〜🐺✨ 一年前に参加者として行った時、まさか自分がスタッフでここにいるとは夢にも思いませんでした。 色んなことが起きて、色んなことが見えて 意外すぎる新しい自分と出会って とても一泊二日の経験とは思えない 沢山の贈り物を受け取りました。 やっぱりウルフ最高🐺✨✨ 一番は、自分への疑いが晴れたこと。 三味線が弾けなくなることを怖れて 参加ウルフを守る必要がある瞬間に とっさに身体動かないんじゃない? 森のよう

      • ⭐️子どもにつなげてもらう⭐️

        ⭐️子どもにつなげてもらう⭐️  新入園二人がわたしに心を開いてくれません。。  わたしは、東京から長野県に引っ越して以来、保育に入るのはツキイチないしは二回程。  まずは園にいる安心感を二歳児さんに育むことを優先に、ある程度、固定したスタッフ中心に愛着を育む方向性なので、たまにしかいないわたしは遠巻きに。 でしたが!  やっと、心を開いてくれる日が来ました😭✨  これも、”ミッチー大好き抱っこ抱っこ女子二人組”のおかげ様です。  このふたりがいつものように、わ

        • ⭐️フリースクールについて思うこと⭐️

          はい、書きたてホヤホヤです😊 なんで書いたかって? 実は、茅野市に春にできる、森のようちえん界のレジェンド内田幸一さんが立ち上げるフリースクールの就労希望者向け課題だから。 週一くらい、修行に出ようかなと。 今までは、長野県内の場所はあえて深入りするのを避けてたけど(かまばの森のちびっ子探検隊以外)、もうそろそろいいかなと。 組織ってヤツに取り込まれない軸みたいなものが、一昨年の森のようちえん全国保護者交流会以来の旅で獲得できた感があるので。 そして、内田幸一さんとこの

          ダメっていう身体

          あなたの身体はどんな身体ですか? つい背中が丸くなって声が小さくなる身体? じっとしていることが苦手な身体? 動けば動くほどキレが良くなる身体? しなやかでみずみずしい身体? 初対面の人と正面を向くのが難しい身体も、一歩引いて誰かの陰にいるのが落ち着く体もありますね。 つい踊りだしてしまう身体も、丸くなってうずくまりたがる身体だってありますよね。 どんな身体も愛しまれ慈しまれるに値すると、わたしは思って暮らしています。 そんなある日、保育中に子どもが一時的とはいえ、ダメ

          一緒に死にたがる母、ろくでもない父

          大好きなんだよね。 殺されそうになっても、ろくでもなくても。 だから、この両親を1ミクロンでも侮辱することは誰にも許さない。 、、と、最初に言っておこう。 母は、わたしが年長の時に無理心中を試みた。 子どもを残して自分だけ死ねないって。 わたしは、「今日は死ぬかもしれん。明日こそダメかもしれん。」っていう日々を過ごした。家の中で火柱を見たこともある。 父は、母に暴力を振るった。お酒も飲んだ。パチンコも競輪もした。わたしの楽しみなお出かけ先は競輪場内の公園だった。 か

          一緒に死にたがる母、ろくでもない父

          終わる命・つながっていく命

          大きな木の下で、年長さんと分かちあいの時間を持った。 テーマは「終わる命・つながっていく命」 絵本「おばあちゃんからのおくりもの」を読んだあと。 ミ「ねえ、今からミッチーさんの大切なお話をするね。多分、一生の中で、今しか出来ないお話。聞いてくれる?」 子どもたちは、うんと頷く。 「ミッチーさんは子どもの頃お母さんと暮らせませんでした。だからおばあちゃんがお母さんと同じ。そのおばあちゃんが死んでしまったの。おばあちゃんは美味しいご飯を作ってくれた。唐揚げとか、たまごサン

          終わる命・つながっていく命

          信じられるし待ってられる

          「子どもを信じて待つ」 いいよね。どっから見てもケチのつけようがない。 でも、どこか違和感というか自分の存在との隙間を感じる。 その違和感と居続けてたら、今朝、ピタッと腑に落ちる瞬間がやってまいりました。 「信じる」よりも「信じられる」だな、と。 ビーウルフキャンプで仲間に対する意識が変わったことと深い関わりがあるような気がする。 役割や責任、得意なことみたいな”機能的なつながり方の仲間”より、もう一段深いレイヤーの”存在でつながる仲間”があるなって。 森の中で野性

          信じられるし待ってられる