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『宇宙人アンズちゃん⑧』

第八星雲  地球外生命体の隠し事

その日の夕飯が終わり、お風呂やらなんやらをしてから、
いつも通り部屋に戻った。
先に戻しておいたマルは、またアンズちゃんの隣にぴったりとくっついて
へそ天していた。

『ポップシュー』の店長は、とっくに帰宅していると思っていたが、なぜだかまだ部屋に残っていた。
それも、両手を膝に置いて神妙な面持ちで正座している。
というよりもボクたちを待ち構えていたらしい。
「いやああ、あああ、ね。そういえば宇宙船やけど、あれや。ほら、もうかれこれ7,8年乗ってないからなー。メンテナンスー?やらなんやら色々してみないとやから。すぐには帰れへんちゃうんかなー?ねー?アンズちゃん」
「そやな。そやな。そりゃああ、メンテナンスとかなんとかが必要やもんね。しようがない。ほんまやったらすぐにでも帰りたいとこやけど、しようがないなー」

おかしい。あまりにも、おかしい。

なぜだか二人の意見が急に合致している。ボクたちがいない部屋でたこパーをしていたこの1時間ちょっとの間に。
どんな取引が行われたのか分からないが、真相も分からないので、何が何だかチンプンカンプンだ。
「でも、さっきすぐに帰れる……」
「ちゃうちゃうちゃう。ちゃうねん。俺の勘違い。宇宙船かて、燃料入れたり向こうに『入星手続き』やらなんやら必要やから。結構こっちから行くー決めても、時間かかんねん。もうここんところ星になんか帰っとらんから、そういう細かい事務作業みたいなんを、すっかり忘れてもうてん。ごめんやでー。ええ加減なこと言うて」
ほな、と言ってこれ以上何か質問される前に帰ろうという魂胆が見え見えだった。

ヒュン。
来た時よりも強めの音を立てて、あっという間に店長は姿を消した。

「はー。久しぶりに同じ星の話ができて、なんだか星に帰った気になったわー。結構ホームシックが解消してもうた気がするわー。はー」
オーバーな演技。兄ちゃんは完全に怪しんでいる。もちろんボクも。
もしかしたら、本当はアンズちゃんはわざと帰らないのではないだろうかと。
だとすると、なぜわざと帰らないのか。
理由が謎だ。

それからもアンズちゃんは特にその話題には触れないように生活を続けている。
店長とのたこパーも週1くらいのペースで開催されているが、
星に帰る類の話題は一切出ない。逆に怪しいが、ボクたちはアンズちゃんがいることに何も不自由がないのでそのままにしている。
なんだかこちらも「星に帰れ」と言う必要が無くなってきている感じだ。

あっという間にクリスマスになり、年を越してしまうだろう。

「そう言えばさ、アンズちゃんの宇宙船って公園に埋めたままだっけ?」
先週あたり、公園のジャングルジムが危ないからと撤去することが決まり、
その他の遊具も老朽化のために念のため一部入れ替えをする話を母親がしていた。
もし埋めた宇宙船が見つかったりでもしたら。
「家に持ってきて隠した方がいいかもしれないよ、アンズちゃん。来年すぐから作業に入るみたいだから、もし作業中に見つかりでもしたら持ち帰られて分析されて。それこそNASAが飛んでくるよ」
アンズちゃんは、マルのお腹を一心不乱にわき目も振らずに撫でている。
そして完全にボクたちの声を無きものにしようとしていた。
「アンズちゃん?」
もうこれでは、「ワタシは犯人です」と言っているようなものだ。

「大丈夫や」
アンズちゃん史上、最も小さな声だ。
「宇宙船は、大丈夫や。もう、このポーチに入っとるから」
ん?やっぱり小さい。
「この、ポーチに入っとるから!」
ポーチに入っている。。。ならば埋めなくても良かったのに。
なんの演出だったのだろうか。

「ねえ、アンズちゃんさ。もしかして帰れるのにわざと帰らないとか、ある?」
不時着したのでもなく、どうやら本当は『ポップシュー』の店長の宇宙船に乗ればすぐにでも帰れそうで、瞬間移動だって頑張ればできるのではないだろうか。
ボクたちは、嫌なのではない。心配だったのだ。
本当に家出であれば、宇宙警察みたいなのがやってきて、望まない形でアンズちゃんが星に強制送還でもされて、もう今後一生地球との行き来ができないなんてことにでもなってしまったら。
せっかく仲良くなったのに、二度と会えないでは悲しいと思った。

「考えすぎや。そないことあるかいな。こんな自由旅行で」
「でも17歳なんでしょ?高校生なんでしょ?長期休暇って言っていたけど、学校、さすがに始まっているんじゃないの?」
兄ちゃんはまだ学校には行けていないけれど、ボクは前のように毎日小学校に通っている。
相変わらず今日のコロナウイルス感染者数を発表し、クラスターが○○で発生しましたなんてニュースばかりだけれど。
「実はアタイも、登校拒否なんや」
一番びっくりしたのは兄ちゃんで、アンズちゃんの顔を覗き込んだ。
こんなに話上手で明るくて、それでいて人の気持ちがわかって楽しいのに?
「そういうことじゃ、ないんよ。人間関係ちゅうのは。難しいな。
ナオキがそのこと、一番わかっとるよな」

兄ちゃんは小さなころからとっても人気者だった。どちらかというと真ん中にいるタイプで、運動神経も良くて勉強だってできた。
絵を描けば展覧会で入賞して、字もそれなりに飾られる。
音楽だって、バンドの影響で中1の時に中古のギターを買ってもらって
練習していたっけ。
それが、念願のバスケ部に入って夏休みが過ぎた頃から様子が変わってきて、なんだか楽しくなさそうな顔で学校から帰ってくるようになった。
それまでは学校での様子や友達とのことを夕飯の時に少しずつではあるが話してくれていたが、それも全くなくなった。
最初両親は反抗期なのかと思っていたが、そうではなかった。

「だから決めたんや。ナオキが学校行くまでアタイも帰らないって。もしナオキが学校行くようになったら、アタイは星に帰る」
兄ちゃんは目を伏せた。まだ約束する自信はないらしい。
「ええんや。ゆっくりでええ。別にすぐにどうこうしろってわけやないんや。少し学校のことから離れて、どうや、アタイが唄うからナオキがギター練習してバンド組むちゅーのは。もちろん家の中でや」
唯一兄ちゃんが元気になるのが、好きなバンドの音楽を聴いている時だった。
ギターもたまに弾いているけれど、買ったはずのギター本も半分以上見ないままで放置されていた。
「じゃ、ボクもやる!何かやる!」
ピアノを少しだけ触ったことがある。近所の好きだった年上のお姉ちゃんのピアノ教室についていって、楽しそうだと思った。
「そうかそうか。じゃ、トモは鍵盤ハーモニカをたのむわ」
マルも無意味に興奮して、クルクルと回り始めた。
「よし、ムチムチさんはファンクラブ第1号や」
こうしてアンズちゃんの突然の告白から、ボクたちはバンドを組むことになった。

時折聞こえるギターの音に、両親も反応した。
「ナオキ、いい音出るようになったな」
日に日に上達してきた兄ちゃんは、自分と自信を取り戻すように頑張った。
目の輝きが変わり、充実感がみなぎっている。
年を越して1月に入り、食事をするのも忘れるほどにその真剣度は増してきた。
指がきれいに動くようになってきて、兄ちゃんは決心した。
いよいよ好きなバンドの曲、『WANDER』を練習する心の準備が整ったのだ。
「まだまだ無理だと思うけれど。やれるところまでやってみるよ」

涙をどれくらい かき集めたって
たぶん
わからない すすめない
次の自分になる順路

それでも仕方ない 渇を入れるように
今日も
弱らない 止まらない
新しい起爆剤を探してる

迷い込んで もがききって 出てきた何かをつかむ
勢い込んで つかれきって 見つけた何かをつかむ

WANDER もしかしてずっと
WANDER 何もわかっていなかったのは
自分だったのかもしれないや
WANDER ためらってずっと
WANDER 本当の一歩を出さなかったのは
自分だったのかもしれないや

3月の卒業シーズン。
兄ちゃんは次の4月になれば、中学3年生になる。
とうとう高校受験というプレッシャーが本格的に始まる時期に入った。
上手く組み立てることのできなかった中学2年生の毎日を、必死に積み上げるように兄ちゃんはギターの練習をした。
サビの高音がなかなか上手に出なくて苦戦している。
それでも必死で食らいついて、いつになくガムシャラな兄ちゃんがそこにはいた。
「大丈夫や。肩の力を抜いてリラックスや。もう少しでできそうやで」

ところで、バンド結成から何カ月の間に、アンズちゃんの歌声を一度も聞いたことが無い。
なんだかすべてが謎めいている。
ボクはというと、自分なりにうまくいっている、気がする。
小学生のできる範囲でね。

未知のワクワクと達成感まで、あと少し。

第9話 『宇宙人アンズちゃん⑨』|さくまチープリ (note.com)


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