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『宇宙人アンズちゃん⑨』

第九星雲  地球外生命体と翼を作る

今日は、3月最後の日。
明日から新年度が始まる。
日本中の新しい一歩を踏み出そうとしている人々は、みんなが心臓飛び出るほどに緊張している日だ。

そしてここにも、緊張している2人と1星人がいる。
「何も、親の前で発表しなくてもいいじゃないの?なんか、あらためて」
「いや、一応発表する、という事実がないとバンド結成の意味がないんや」
 アンズちゃんは、今日だけ友達の妹という設定にすることにした。
 そのあと両親の海馬からすっかりまるっと記憶を消すらしい。
 そう言えば。

「ギターの練習で頭がいっぱいだったから忘れていたけど、バンド名どうする?」
そうだった。とても大事なことを忘れていたのだ。
と、兄ちゃんが口にしたと同時に、待ってましたとばかりにアンズちゃんがマルを連れて飛んできて言った。

「もう決めてる!『MUSIC MANT MAKERS』や!」
「何?マント、メーカーズ?」
「M=マル、A=アンズ、N=ナオキ、T=トモの頭文字。マントは、正義のヒーローが着けてるやろ?MUSICは音楽。それでMAKERSはそれを作る人いう意味や」
なんのこっちゃ、わからないけれどそういうことらしい。
と、兄ちゃんの顔が晴れやかになった。
「なるほどね。すごくいいよ、アンズちゃん。曲の歌詞にもかかっているし」
ボクとマルだけがきょとんとしている。
「なんか、わからない。どんないいよ!なの?」

ヒーローのマントを作るということは、ヒーローに飛ぶための翼を付ける役目だということ。つまり音楽で、みんなのことと自分自身をヒーローにする人という意味なのだ。

「飛ぶための装備を作るんや。着ければみんな飛び立てる。音楽というマントで、勇気を与えるんや」

ど緊張の中、ボクたちは両親の前に立った。
『ポップシュー』の店長にも来てもらった。マルも。
曲は『WANDER』1曲だけ。
兄ちゃんは、それだけをひたすらに練習してきた。
本当は行きたかった学校。近くて遠い学校。
行けない理由は自分だけが知っている。
それは乗り越えられることなのか、乗り越えられないことなのか。
行ったり来たりして、自分で何度も考えた。

「今日はありがとうございます。ボクたちは『MUSIC MANT MAKERS』です。それでは聞いてください、ワ……」

アンズちゃんが、割って入った。
「なんや、その簡単な説明は。バンド名から説明せんかい!」
あからさまに面食らっている両親。「ぎょ」と顔に書いてある。
それはそうだろう。
幼稚園児のような見た目で強烈なキャラクター。いくら友達の妹と言われても初めましてで、ずいぶんと口が達者だし口が悪い。

「では聞いてください。『WANDER』」
ぼそぼそと言う兄ちゃんを差し置いて、結局アンズちゃんが演奏前に全部事細かに説明をした。
それはそれは流暢な見事な説明だった(ここでは割愛します)。

助走はもう十分すんだ
長い迷路を抜け出して
新しい自分よ 羽ばたけ ほら

待っていたんだ新しい自分を よろけてもいい 今 羽ばたけ

演奏が終わる。
ボクは心臓が飛び出るかと思った。
緊張ではなくて、感動で。
兄ちゃんは、ここまでの頑張りのおかげで一度も間違えることはなかった。
練習だと一度もうまく行かなかった高音も、とびきりの良音を出すことができたのだった。
まっすぐに伸びるその高音は、誰の心も突き抜ける幸運の矢のように、
遠くまでまっすぐと伸びた。
だからボクは、途中からその矢に射貫かれた心がしびれてしまって、鍵盤ハーモニカを弾く手を止めてしまったくらいだ。
アンズちゃんの歌声は、澄んでいるけれど力強くて、宇宙の果てまでも聴こえそうな通る声だった。
美しかった。みんな、輝いていた。

2人と1星人と1匹のお客さんは、立ち上がって拍手をした。
100人分くらいの、鳴りやまないような大きな優しい拍手で。
母親と父親は、隣でお土産のシュークリームを持ったまま号泣する店長に苦笑いしながらも、目をそっと手で拭っていた。
最初で最後のライブは、大成功で幕を閉じた。

「チョーチョーチョーかっこよかったわー。ナオキ、大人に
なったらアタイと結婚してーや」
興奮冷めやらぬアンズちゃんは、さっきからずっと兄ちゃんの顔を両手で挟んでぐるぐる変形させていた。
横でマルも「フォフ」「フォフ」鳴いている。
憑き物が取れたように兄ちゃんの表情は明るく、アンズちゃんの冗談にもおおらかに微笑んでいた。
久しぶりの、兄ちゃんのあどけない笑顔。

「アンズちゃん、俺、学校行くわ。新年度から行ってみる」
部屋にかかったままの兄ちゃんの学生服には、少しほこりが被っていた。
そこだけ時が止まったままのように、バツが悪そうに黙りこくっている。
でも、なんだかそろそろ喋りたくなってきたようにも見えた。

「そうか。無理せんでもええんやで?ナオキ」
「大丈夫。行ってみる」
兄ちゃんの目の中に、希望が見えた気がした。
それは一過性のものではなく、継続させようとしている前向きなものだと思えた。
ボクは輝いてみえる兄ちゃんのその顔が大好きだ。
きっとうまく行ってほしい。

「じゃあ、今度はどの曲練習するんや。またアタイも唄うでー。ほんで2回目はもっと観客呼んで……」
いや、と言って兄ちゃんはアンズちゃんを抱きしめた。
「アンズちゃん、約束したよね?俺が学校行ったら自分も星に戻るって」
そうだった。
みんなで頑張った充実感の余韻で忘れていた。
「なんや、つまんない男やね。覚えとったんかいな」
アンズちゃんは約束したことを後悔しているようだった。
兄ちゃんの手をほどくと、ため息をついて天井を見た。
「あんなん、言わなきゃよかったわ。こんなにはよお達成してまうなんて。てか、そういう意味やないで。ナオキが学校行くーいうのは、とってもええことや。じゃなくて、アタイが星に帰るなんて、言わなきゃよかった」

「そんなこと言わないで。俺にも心配させてよ。そのためにギター頑張ったんだから。アンズちゃんも学校行けてないんでしょ?だったら頑張ってよ。いや、一緒に行こうよ、学校」

アンズちゃんの頭に手を乗せると、兄ちゃんは顔を見ないようにティッシュを渡した。
アンズちゃんは下を向いた。そして、声を出して泣いた。
これで、サヨナラが近づいてしまった。
ボクも泣けてきた。
ずっとこのまま一緒でもいいと思ってしまっていた。
そんなわがままを現実にできると思ってしまっていた。
でも、それではいけないんだ。
アンズちゃんはボクたちと違う星に住み、学校に通っていて、家族だっている。
だから、このまま一緒はいけないことだったんだ。
マルは不思議そうに、顔を右に傾けたり左に傾けたりしてボクたちの様子を眺めていた。

と、号泣したままの店長がドシドシと大きな足音を立てながら部屋に入ってきた。

「よがっだでー。えらいよがっだで、おまえら。ほんま、なんや、泣かせんなや。大人の星人、泣かせんなや、なー、シュークリーム食えやー」
飛び入りの珍客のおかげで、ボクたちは顔を見合わせて思わず笑ってしまった。
そうだ。ジメジメ送り出すのではなくて、明るく送り出さなければ。
アンズちゃんが星に帰る時に、笑って送り出してあげなければ。

「なんや、トモ。アタイと一緒にずっといたかったんやな?」
そうだ、心の中を読まれていることを忘れていた。
「そ、そんな。なんだよ、ズルいよ。勝手に人の心の中見るなんて」
アンズちゃんはにっこり笑うと、耳元でボクに言った。
「光栄やわ」
え?もしかしてまた何か企んでいるの?アンズちゃん。
どういう意味?と言いたかったけれど、
アンズちゃんはすでに店長と兄ちゃんと並んでシュークリームを頬張っていた。

「トモも早く食べな。この様子だと、アンズちゃんが全部食べちゃう勢いだよ」
ボクが知ってる兄ちゃんが戻ってきた。
明るくて前向きで、みんなの人気者で、やさしくて。
ボクはまた涙が出そうになるのをなんとか堪えて、シュークリームを頬張った。


そしてこの日から、アンズちゃんを星に帰すまでのカウントダウンが始まった。

最終話 『宇宙人アンズちゃん⑩』|さくまチープリ (note.com)

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